カサダ

猫
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 事の進みは速かった。すぐに結納がとりかわされた。嫁入りの日取りが決まり、あとはその日を待つだけとなった。
 そこに、ある事件が起こった。
 香央は由緒ある神官の家柄である。人生の節目には、様々な仰々しい儀式がある。結婚の際もそういうことがある。古くから伝わる、不思議な釜で湯を沸かして、良縁か否かを占うのである。もしも威勢のよい牛の鳴き声のように釜が音を立てれば良縁。何も音がしなければ災いが起こる。実際に占ってみると、牛の鳴き声どころか、蜆の潮吹き程の音も立たなかった。これには両親とも慌てた。特に母親の方が慌てた。母親は、有力な庄屋との縁談を何としても実現させたかった。それなので、妙な理屈を並べだした。神泉から水を汲んできた人夫たちが穢れていたのだ。結納をとりかわしたあとに、縁談を断ったりしたら、義理を重んじる武家に対して面目が立たない。何よりも、磯良が相手の正太郎に惚れこんでしまっていて、破談になったならば、磯良はどうなってしまうかわからない。そういったことを父親にくどくどと話した。娘を思う母親の情を強調したので父親はついに折れてしまった。神託は無視され、挙式が強行されることになった。披露宴の時、憧れの新郎を前にして、磯良はうつむいて顔を赤く染めた。正太郎も、磯良の並外れて上品な美しさに接して、もじもじとしていた。
 正太郎は派手に女遊びをする道楽息子だった。それが、磯良を見た瞬間に心が改まった。「この女を大事にしよう。こんな上品な女と一緒になれるなんて、俺は何て恵まれているんだ。こいつを絶対悲しませない」正太郎は心の中でそう誓った。
 その夜遅くなって、先に寝室に入った磯良の許へ向かった。磯良はまだ起きていた。正太郎はすっかり緊張してしまった。何人も女とは寝ているが、これほど緊張することはなかった。正太郎が近づくと衣擦れの音がして、よい香りが漂ってくる。正太郎は小さくて、柔らかい体をがっしりと包んだ。磯良は楽器のように美しい声で応えた。正太郎は、幸福のあまり、何だかよくわからなくなってしまった。磯良の体は堅くなって、小さく震え続けた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日