カサダ

猫
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 磯良(いそら)という娘は、由緒正しい香央(かさだ)という神官の家に生まれた。公家である。美しく、気だてがよく、聡明な娘だった。物覚えがよく、父の教える学問や音楽や詩歌などの教養を、生地が藍を含むように、すうっと吸収した。したがって、年頃になると、生来の美しさに品性が備わって、上流貴族に嫁がせても不思議ではないほどの雰囲気がでてきた。しかし、実際には、そこそこに羽振りのよい、身分相応の公家と縁談があれば、上首尾といったところであった。香央の家は確かに身分は高いが、実生活はなかなか容易ではなかったのである。ことによっては武家であってもよしとしなければならない状況であった。いや、むしろ現実的に考えれば、武家に嫁いだ方が裕福に暮らせるだろう。百姓であっても、土地の有力者であれば、その方がいいに違いなかった。名より体である。
 そんなことを親が悩んでいるうちに、日頃恩恵を受けている、ある地方の有力者から縁談が持ち込まれた。相手は百姓である。百姓とはいっても、かなり有力な庄屋である。その仲人の話では、何代か前にさかのぼると、武家であったらしい。武家の家柄であれば、神官の家とつり合わなくはないだろう。そう薦められたのである。とにかく羽振りがいい。娘は裕福に暮らしていける。両親もそこに期待した。
 娘も縁談に乗り気になった。仲人から相手の男のことを聞かされるうちに、まだ見ぬ相手に心を寄せるようになったのである。仲人は、特に男の容姿について強調した。在の女たちがみんな夢中になるほどの男前であると聞かされた。娘は、そんないい男と結婚できるかもしれないということに、ときめいた。何が何でも結婚したいという心理状態になるまでには時間がかからなかった。寝ても覚めてもその男を思うようになった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日