カサダ

猫
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 父の声だった。正太郎が気づくと、周りに両親や家人が集まっていた。母屋の座敷に寝かされていた。体は元に戻って、痛いところはなかった。心だけが痛んでいた。
 母の泣く声がした。正太郎が母の名を呼ぶと母はさらに激しく泣いた。正太郎も泣いた。
 正太郎はとにかくひたすら自分の行状のひどさを詫びた。それから、事の顛末をすっかり説明した。父は半信半疑だった。特に行状を改めると言い出した点を疑った。それに対し、正太郎は口答えせず、青ざめた顔でうつむくだけだった。その様子に父は少し信頼を回復してみようかという気になった。
 香央の家は遠かった。使者をやって、磯良の父を連れてくるには数日を要する。その間、磯良から正太郎を守るため、最大限の警備態勢を敷いた。大勢の僧侶を雇い、磯良の座敷を封印し、母屋も封印した。正太郎の座敷の外の廊下には大勢の僧が詰めた。護衛の武士も大勢やってきた。さすがに磯良の霊は姿を見せなかった。
 磯良の父がついに到着した。複雑な表情をしている。周りの者は皆、気の毒に思った。
 磯良の父は日が沈むとすぐに支度を整え、離れに正太郎と両親と主だった家人を引き連れて入り、祈祷を始めた。
 離れは誰もいないはずなのに、日が沈むとひとりでに灯がともった。皆が磯良の座敷の障子を開けると、磯良とおみつが静かに座っていた。その横に小菊も座っていた。皆の者は磯良たちと向かい合い座った。父が気力を集中して長い時間祈祷を続けた。その間ずっと正太郎は自分の非を認め、磯良に詫びた。正太郎の言葉には真実の心がこもっていた。それが次第に磯良に伝わった。磯良はいく筋も涙を流した。正太郎も涙をこぼした。正太郎は涙をこぼしながら、磯良を生涯忘れないと誓った。磯良は満足した表情をして消えていった。磯良が消えると、おみつがばったりとその場に倒れた。小菊も倒れた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日