ロコモーション

1
海岸から少し入ったところに、クリーム色のフォルクス・ワーゲン・ビートルがとまっていた。強い日ざしを反射して、みがきたてのビートルは、まぶしい光をあたりに投げつけていた。ビートルの銀色のバンパーは、いつも青い空と白い雲を映しだしていた。
ビートルの全開の窓からは、アメリカン・ポップスが快く流れていた。剛は音楽に興味はなかったが、なんとなく気持ちの中を通っていくような気がした。何も教えない。何も残さない。何も区別しない。何もごまかさない。単純に、軽く、通っていく。そんな美しさ。明るくて、こだわらない。今を幸せに感じさせてくれる。今を永遠にしてくれる。
竹中剛は道路の角、白線の上に座ってビートルを見ていた。彼の身長は、高いひまわりの半分しかない。
剛は、両親といっしょに、彼のおばの家がある、この海岸の町にきていた。
剛のおばの小暮知佳には子どもが3人いた。
友道が10歳で進が8歳で真理子が6歳だった。
彼らは新しい、プラスチックのふろに入った。剛は真理子が気になった。彼は女の子が自分と違うことを目で確かめて驚いた。
剛は水が嫌いだったので、誘われても海に近づかなかったのに、真理子を見ていたくなって、海までついていこうと思った。海まで4人で歩いていく途中、彼はそのピカピカのビートルを見かけた。
それは、おばの家に泊まって3日目のことだった。夏ははじまったばかりだった。彼は、この幸福で平安な夏はずっと続くと思っていた。
ビートルの曲線美をうっとりと見つめていると、真理子が剛を呼んだ。
「ツヨシ君、お兄ちゃんたち、いっちゃったよ。私もいくよ」
その声でやっと自分の世界から戻り、彼は真理子を見た。彼女はピンクのタオル地のビキニを着て、日焼けした顔を彼に向けていた。彼は走って真理子に追いついた。
友道と進は争うように沖にでた。
剛と真理子は砂浜で遊んだ。
剛には真理子が天使のように見えた。笑顔と声がまぶしくて、胸が騒いだ。
次の日、剛は起きられなかった。疲れがでたのだろう。彼が起きると、日はすっかり高く昇り、まっ白に光っていた。もう3人は海にいったあとだった。彼はそれを知ると、悔しくなり、何も食べないで外へでた。彼は真理子といっしょに遊びたかった。彼が真理子だったら、起きるまで待っていっしょに浜辺にいくだろうと思った。彼女はそのくらいの好意は彼に対して持っていると思ったのだ。
それは実際彼のわがままだったが、しかし彼はまだ5歳だから、自己中心的であるのは自然なことだった。
剛は早く真理子に追いついて、何か言ってやろうと思い、転びながら走った。
剛は犬に思いきりほえられ、また転んだ。犬はますますほえた。犬は鎖をガチャガチャさせながら、彼に近づいてきた。彼は恐くなって泣きだしてしまった。その時、犬を厳しくしかる声がした。
「ロボ! お前なあ、でかい体して、そんなチビいじめてるなよ! オレは飼い主として恥ずかしいぜ」
剛が顔を上げると、サングラスをかけた長髪の男が、ロボと呼ばれた犬を思いきりなぐっていた。蜂屋正幸だった。ロボは、今までの荒々しさとはうって変わって、小さくなった。
正幸が剛をじっと見た。剛は、今度は男に対して恐怖を感じた。正幸は若くて、気が短そうで、破れたようなシャツを着て、パンタロンをはいて、スニーカーをつぶしてはいていた。
「お前は、昨日オレのビートルを見ていただろう?」
剛は怒られるのかと思って黙っていた。正幸は剛に手を貸して起こし、何も言わないで、手をひいて歩きだした。剛はふるえるくらいに恐かったが、男の手が意外と温かくてやさしいので、そのままついていった。
ビートルの全開の窓からは、アメリカン・ポップスが快く流れていた。剛は音楽に興味はなかったが、なんとなく気持ちの中を通っていくような気がした。何も教えない。何も残さない。何も区別しない。何もごまかさない。単純に、軽く、通っていく。そんな美しさ。明るくて、こだわらない。今を幸せに感じさせてくれる。今を永遠にしてくれる。
竹中剛は道路の角、白線の上に座ってビートルを見ていた。彼の身長は、高いひまわりの半分しかない。
剛は、両親といっしょに、彼のおばの家がある、この海岸の町にきていた。
剛のおばの小暮知佳には子どもが3人いた。
友道が10歳で進が8歳で真理子が6歳だった。
彼らは新しい、プラスチックのふろに入った。剛は真理子が気になった。彼は女の子が自分と違うことを目で確かめて驚いた。
剛は水が嫌いだったので、誘われても海に近づかなかったのに、真理子を見ていたくなって、海までついていこうと思った。海まで4人で歩いていく途中、彼はそのピカピカのビートルを見かけた。
それは、おばの家に泊まって3日目のことだった。夏ははじまったばかりだった。彼は、この幸福で平安な夏はずっと続くと思っていた。
ビートルの曲線美をうっとりと見つめていると、真理子が剛を呼んだ。
「ツヨシ君、お兄ちゃんたち、いっちゃったよ。私もいくよ」
その声でやっと自分の世界から戻り、彼は真理子を見た。彼女はピンクのタオル地のビキニを着て、日焼けした顔を彼に向けていた。彼は走って真理子に追いついた。
友道と進は争うように沖にでた。
剛と真理子は砂浜で遊んだ。
剛には真理子が天使のように見えた。笑顔と声がまぶしくて、胸が騒いだ。
次の日、剛は起きられなかった。疲れがでたのだろう。彼が起きると、日はすっかり高く昇り、まっ白に光っていた。もう3人は海にいったあとだった。彼はそれを知ると、悔しくなり、何も食べないで外へでた。彼は真理子といっしょに遊びたかった。彼が真理子だったら、起きるまで待っていっしょに浜辺にいくだろうと思った。彼女はそのくらいの好意は彼に対して持っていると思ったのだ。
それは実際彼のわがままだったが、しかし彼はまだ5歳だから、自己中心的であるのは自然なことだった。
剛は早く真理子に追いついて、何か言ってやろうと思い、転びながら走った。
剛は犬に思いきりほえられ、また転んだ。犬はますますほえた。犬は鎖をガチャガチャさせながら、彼に近づいてきた。彼は恐くなって泣きだしてしまった。その時、犬を厳しくしかる声がした。
「ロボ! お前なあ、でかい体して、そんなチビいじめてるなよ! オレは飼い主として恥ずかしいぜ」
剛が顔を上げると、サングラスをかけた長髪の男が、ロボと呼ばれた犬を思いきりなぐっていた。蜂屋正幸だった。ロボは、今までの荒々しさとはうって変わって、小さくなった。
正幸が剛をじっと見た。剛は、今度は男に対して恐怖を感じた。正幸は若くて、気が短そうで、破れたようなシャツを着て、パンタロンをはいて、スニーカーをつぶしてはいていた。
「お前は、昨日オレのビートルを見ていただろう?」
剛は怒られるのかと思って黙っていた。正幸は剛に手を貸して起こし、何も言わないで、手をひいて歩きだした。剛はふるえるくらいに恐かったが、男の手が意外と温かくてやさしいので、そのままついていった。