ロコモーション

2
正幸が剛をつれていった理由は、道の角を曲がった場所に駐車してある、ビートルを見せるためだった。ビートルは昨日と同じようにピカピカだった。
「お前、こいつに乗りたいか?」
剛は涙をぬぐいながら、強くうなずいた。
「よし、乗せてやる」と、正幸が言うと、剛の顔は明るくなった。「と、言いたいとこだが、だめだな。ほら好きなだけ見ていいから。見たらいきな」
剛は気を落として棒のようになってしまった。そのまま動かないので、歩きかけていた正幸はとまってふりかえった。
「どうしたんだよ。乗らないと気がすまないのか?」
剛は下を向いたまま黙ってうなずいた。夢だと思っていたことが現実になりかけたので、彼の気持ちは現実になる前の状態には戻れなかったのだ。
「お前な、知らない人の車に乗っちゃだめだってお母ちゃんに言われてるだろ!」
正幸は両手で剛の肩を揺さぶりながら言った。剛はうなずいた。
「それも、恐そうな人と変わった服装している人には特に注意しなさいって言われてないか?」
剛はまたうなずいた。
「オレの格好見ろよ。どう見たって不良のあんちゃんだぜ。車になんか乗ったら、どっかあやしいところにつれていかれて、痛い目見るかもしれねえじゃねえか。そしたらどうすんだよ」
剛は下を向きながら言った。「悪い人じゃないと思う」
正幸は舌打ちした。「まったく、困ったガキだな」そして、しばらく考えてから剛に質問した。
「お前、名前は?」
「タケナカ ツヨシ」
「よし、いい子だ。次、お前のうちはどこだ?」
剛は通りをふりかえって、おばの家を指さした。
「なんだ、コグレさんちか。じゃあ、話は早いや。あいさつにいって、ツヨシを借りてくるか」
剛のおじは、正幸を小さいころから気に入っていて、彼が現在派手な服装をしていても少しも態度を変えなかった。おばの方は、まーちゃん、まーちゃんと呼んで、彼をとてもかわいがっていた。彼は交渉はきっとうまくいくと信じた。
「おばさん、ツヨシ君を少し貸してもらえますか? オレ、安全運転して、暗くならないうちにつれてきますから」
正幸は改まって丁寧に頼んだ。剛のおばは、にこにこしながら快く承諾した。しかし、そのうしろで剛の母、竹中芳江は彼をさげすむような目で見た。
それに気づいたおばが、この人は心が正しいから安心していいと、芳江に言って聞かせた。芳江はそれには答えないで、独り言のように、正幸を中傷した。
「女みたいな髪して、何考えてるんだか」
そして、そのまま家の中に戻ってしまった。
正幸は怒りはしなかった。芳江が自分では悪口を言っていることを意識していないように見えたので、薄気味悪い感じがするだけだった。それから、どうにも後味の悪い思いがしばらく残って、何とも言えないほど不快だった。
「ごめんね、まーちゃん。悪気はないのよ。芳江さんは素直で、見たとおりのことそのまま言う癖があるの。あなたのことを理解すれば、すぐ仲良くなれるわよ。許してね」
「ああ、全然気にしてないよ。でも、どうすればいいんだろう。オレ、ツヨシをつれていっていいのかな?」
「大丈夫よ。私からよく話しておくわ。だから、心配しないでいってきなよ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
正幸は元気な声で言って、ビートルまで戻った。剛は少しきまりが悪い気がした。
正幸は無言でドラムをビートルに積みこんだ。大きなものを持って何度も往復するので、汗がだらだら流れている。
「お前、こいつに乗りたいか?」
剛は涙をぬぐいながら、強くうなずいた。
「よし、乗せてやる」と、正幸が言うと、剛の顔は明るくなった。「と、言いたいとこだが、だめだな。ほら好きなだけ見ていいから。見たらいきな」
剛は気を落として棒のようになってしまった。そのまま動かないので、歩きかけていた正幸はとまってふりかえった。
「どうしたんだよ。乗らないと気がすまないのか?」
剛は下を向いたまま黙ってうなずいた。夢だと思っていたことが現実になりかけたので、彼の気持ちは現実になる前の状態には戻れなかったのだ。
「お前な、知らない人の車に乗っちゃだめだってお母ちゃんに言われてるだろ!」
正幸は両手で剛の肩を揺さぶりながら言った。剛はうなずいた。
「それも、恐そうな人と変わった服装している人には特に注意しなさいって言われてないか?」
剛はまたうなずいた。
「オレの格好見ろよ。どう見たって不良のあんちゃんだぜ。車になんか乗ったら、どっかあやしいところにつれていかれて、痛い目見るかもしれねえじゃねえか。そしたらどうすんだよ」
剛は下を向きながら言った。「悪い人じゃないと思う」
正幸は舌打ちした。「まったく、困ったガキだな」そして、しばらく考えてから剛に質問した。
「お前、名前は?」
「タケナカ ツヨシ」
「よし、いい子だ。次、お前のうちはどこだ?」
剛は通りをふりかえって、おばの家を指さした。
「なんだ、コグレさんちか。じゃあ、話は早いや。あいさつにいって、ツヨシを借りてくるか」
剛のおじは、正幸を小さいころから気に入っていて、彼が現在派手な服装をしていても少しも態度を変えなかった。おばの方は、まーちゃん、まーちゃんと呼んで、彼をとてもかわいがっていた。彼は交渉はきっとうまくいくと信じた。
「おばさん、ツヨシ君を少し貸してもらえますか? オレ、安全運転して、暗くならないうちにつれてきますから」
正幸は改まって丁寧に頼んだ。剛のおばは、にこにこしながら快く承諾した。しかし、そのうしろで剛の母、竹中芳江は彼をさげすむような目で見た。
それに気づいたおばが、この人は心が正しいから安心していいと、芳江に言って聞かせた。芳江はそれには答えないで、独り言のように、正幸を中傷した。
「女みたいな髪して、何考えてるんだか」
そして、そのまま家の中に戻ってしまった。
正幸は怒りはしなかった。芳江が自分では悪口を言っていることを意識していないように見えたので、薄気味悪い感じがするだけだった。それから、どうにも後味の悪い思いがしばらく残って、何とも言えないほど不快だった。
「ごめんね、まーちゃん。悪気はないのよ。芳江さんは素直で、見たとおりのことそのまま言う癖があるの。あなたのことを理解すれば、すぐ仲良くなれるわよ。許してね」
「ああ、全然気にしてないよ。でも、どうすればいいんだろう。オレ、ツヨシをつれていっていいのかな?」
「大丈夫よ。私からよく話しておくわ。だから、心配しないでいってきなよ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
正幸は元気な声で言って、ビートルまで戻った。剛は少しきまりが悪い気がした。
正幸は無言でドラムをビートルに積みこんだ。大きなものを持って何度も往復するので、汗がだらだら流れている。