ロコモーション

14
美智子を真剣に見つめる剛に令子は話しかけた。
「ツヨシ君、雨が強くなってきたよ。舞台に上がっちゃお」
剛は雨など少しも気にならないほど、美智子の歌に夢中だった。令子が剛の手をひっぱってはじめて彼は自分がひどくぬれているのに気づいた。令子もぬれてしまって、髪が額につき、白いシャツが体にはりつき、ベージュのホットパンツが濃い色になっているのを彼は見た。
観客も慌てだした。演奏もとまった。雨は勢いを増した。強い風がでて、舞台を覆っているビニールシートをばさばさいわせた。見きりのいい客は帰りはじめた。
どうしたらいいか困惑して歌うのをやめた美智子はドラムの方をふりむいた。正幸は彼女に合図を送った。美智子は観客に向かって言った。
「みんな! 解散だよ。あと少しで歌い終わるとこだったんだけど、雨がこんなに降ってきちゃったから。今日はありがとう! またきっとやるから、そしたら今日の分も歌うよ。じゃあ、急いで帰って。潮が戻ってこないうちに。気をつけて。さよならあ! ありがとう!」
彼女は何度も何度もありがとうを繰り返した。彼女の気持ちは熱く、真剣だった。またきっとやるという言葉はおざなりではなかった。しかしながら、結果的には彼女は聴衆たちにうそをつくことになるのだった。それは、彼女もほかのメンバーも観客たちも、誰ひとりとして思ってみないことだった。
彼女にうながされて、まだ残っていた大勢の観客はやっと帰りはじめた。歩きで帰る者、車で帰る者などが、島と浜辺をつなぐレンガの道にあふれた。慌て者は道をはずれて走り、ぬかるみに足を取られて何度も転んだ。それを見てさすがに道をはずれようとする車はなかった。波打ち際はまだやってこなかった。しかし、島の反対側の水面は徐々に近づき、ふくらんできた。
島にはメンバーと剛と令子とロボが残った。
メンバーは忙しく撤退の準備に取りかかった。剛と令子とロボは先に車に乗せられた。
ついにどしゃ降りになった。
ドラムセットを解体しながら正幸は叫んだ。
「天気予報を馬鹿にしすぎたよ!」
「親の言うこと聞かないからだって怒られるよ」と恵。
「うちも」と宏美。「お前馬鹿かって言われた。帰るの気まずいなあ」
「なあ、マサユキ。あれもはずすだろ?」
辰吉はステージの覆いを指でさした。それは、たくさんの鉄パイプとボルトとビニールシートでできていた。運動会で使うテントを大きくしたようなものだ。
「そんな時間はないと思うぞ」正幸は解体したドラムセットをひとつひとつビートルに運びながら辰吉に答えた。「ぐずぐずしていると島からでられなくなる」
満潮にはまだ時間がある。しかし、この雨の降り方では1分も時間を無駄にできないことは確かだ。
「でもさ、あれ、おやじにかなり無理言って借りてきたから、置き去りになんかしたらもう貸してもらえないよ」
辰吉はドラムセットの積みこみをしながら反論した。
「無理なものは無理だ!」正幸はどなった。
美智子、宏美、恵もふたりの方を見た。宏美が辰吉の弁護をした。
「マサユキ、みんなですばやく取りはずそうよ。そのくらいの時間は充分あるよ。あのまま帰ったら、シートが風にあおられて、倒れて使いものにならなくなっちゃうよ」
恵もそれに賛成した。
「マサユキ、やれるところまでやってみようよ」
美智子も、正幸に気を使いながら、3人に同調した。
状況が不利になった正幸は妥協した。
「わかった。やれるところまでやってみよう。だけどいいか。海が島のこっち側まできたら、何もかも放って車に乗るぞ。そうしないとオレたちの命が危ない。台風が直撃したらこんな島すぐ沈んじゃうだろうからな」
「よかった」宏美と恵が同時に言った。
「ツヨシ君、雨が強くなってきたよ。舞台に上がっちゃお」
剛は雨など少しも気にならないほど、美智子の歌に夢中だった。令子が剛の手をひっぱってはじめて彼は自分がひどくぬれているのに気づいた。令子もぬれてしまって、髪が額につき、白いシャツが体にはりつき、ベージュのホットパンツが濃い色になっているのを彼は見た。
観客も慌てだした。演奏もとまった。雨は勢いを増した。強い風がでて、舞台を覆っているビニールシートをばさばさいわせた。見きりのいい客は帰りはじめた。
どうしたらいいか困惑して歌うのをやめた美智子はドラムの方をふりむいた。正幸は彼女に合図を送った。美智子は観客に向かって言った。
「みんな! 解散だよ。あと少しで歌い終わるとこだったんだけど、雨がこんなに降ってきちゃったから。今日はありがとう! またきっとやるから、そしたら今日の分も歌うよ。じゃあ、急いで帰って。潮が戻ってこないうちに。気をつけて。さよならあ! ありがとう!」
彼女は何度も何度もありがとうを繰り返した。彼女の気持ちは熱く、真剣だった。またきっとやるという言葉はおざなりではなかった。しかしながら、結果的には彼女は聴衆たちにうそをつくことになるのだった。それは、彼女もほかのメンバーも観客たちも、誰ひとりとして思ってみないことだった。
彼女にうながされて、まだ残っていた大勢の観客はやっと帰りはじめた。歩きで帰る者、車で帰る者などが、島と浜辺をつなぐレンガの道にあふれた。慌て者は道をはずれて走り、ぬかるみに足を取られて何度も転んだ。それを見てさすがに道をはずれようとする車はなかった。波打ち際はまだやってこなかった。しかし、島の反対側の水面は徐々に近づき、ふくらんできた。
島にはメンバーと剛と令子とロボが残った。
メンバーは忙しく撤退の準備に取りかかった。剛と令子とロボは先に車に乗せられた。
ついにどしゃ降りになった。
ドラムセットを解体しながら正幸は叫んだ。
「天気予報を馬鹿にしすぎたよ!」
「親の言うこと聞かないからだって怒られるよ」と恵。
「うちも」と宏美。「お前馬鹿かって言われた。帰るの気まずいなあ」
「なあ、マサユキ。あれもはずすだろ?」
辰吉はステージの覆いを指でさした。それは、たくさんの鉄パイプとボルトとビニールシートでできていた。運動会で使うテントを大きくしたようなものだ。
「そんな時間はないと思うぞ」正幸は解体したドラムセットをひとつひとつビートルに運びながら辰吉に答えた。「ぐずぐずしていると島からでられなくなる」
満潮にはまだ時間がある。しかし、この雨の降り方では1分も時間を無駄にできないことは確かだ。
「でもさ、あれ、おやじにかなり無理言って借りてきたから、置き去りになんかしたらもう貸してもらえないよ」
辰吉はドラムセットの積みこみをしながら反論した。
「無理なものは無理だ!」正幸はどなった。
美智子、宏美、恵もふたりの方を見た。宏美が辰吉の弁護をした。
「マサユキ、みんなですばやく取りはずそうよ。そのくらいの時間は充分あるよ。あのまま帰ったら、シートが風にあおられて、倒れて使いものにならなくなっちゃうよ」
恵もそれに賛成した。
「マサユキ、やれるところまでやってみようよ」
美智子も、正幸に気を使いながら、3人に同調した。
状況が不利になった正幸は妥協した。
「わかった。やれるところまでやってみよう。だけどいいか。海が島のこっち側まできたら、何もかも放って車に乗るぞ。そうしないとオレたちの命が危ない。台風が直撃したらこんな島すぐ沈んじゃうだろうからな」
「よかった」宏美と恵が同時に言った。