ロコモーション

BEETLE
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15

 正幸と辰吉はすぐにステージの覆いの解体にかかった。宏美と恵と美智子は残りの楽器や細々したものを車に積み、それが終わると、ふたりを手伝った。
 あと鉄パイプを2本はずし、シートをたたみ、シートが飛ばされないよう鉄パイプをすべてシートの上に乗せればとりあえず応急処置は完了というところまでくると美智子が叫んだ。
 「水が道まできた!」
 みんなは島と浜辺をつなぐ赤いレンガの道に注目した。水がゆっくり道の上まで進もうとしていた。これには誰もが動揺した。恵はたたみかけていたシートを風に持っていかれそうになった。落ち着いていたのは正幸だけであった。彼は作業を完了させてすぐ車を走らせれば、岸に着くころタイヤが水に隠れてしまうだろうが、充分間に合うと計算していた。
 「みんな慌てるな。この1本をはずせば終わる。そしたら車に急ごう」
 1分もしないうちに全員車に乗りこんだ。正幸はビートルを心地よいエンジン音で発進させ、軽く水に覆われたレンガの道を50メートルほど岸に近づけた。辰吉の運転する「魚まつ」と書かれた軽トラもうしろにぴったりついた。ものすごい雨でそれよりうしろはよく見えない。バックミラーからまたフロントガラスの向こうに正幸が視点を動かそうとすると、魚まつ号がパッシングを繰り返した。どうやら辰吉は車を停止させたようだった。正幸はバックして車をとめた。辰吉が正幸のビートルの横までぬれながら走ってきた。正幸はビートルの窓を開けた。辰吉の大きな声が狭い車内に飛びこんだ。
 「メグちゃんたちがついてこないんだよ」
 辰吉は真剣な顔だった。それに対する正幸の対応は迅速だった。
 「よし、戻るぞ!」
 辰吉は大きくうなずくと軽トラに戻り、すばやくバックした。正幸もバックの競争のように追った。
 案の定、恵の乗ったビートルは立ち往生していた。辰吉と正幸は恵に窓を開けさせた。正幸が海の道を見ると、泥で濁った水が少しずつ勢いを増して流れこんでいた。
 「エンジンがかからないんだよう!」
 恵は泣きながらふたりを見てセルを回した。セルが回る音はほとんどしなかった。
 宏美は両手を組んで祈るような顔で恵の手もとを見ている。令子と剛もうしろのシートから身を乗りだして心配そうに見ている。ロボも前の様子をうかがっている。
 「バッテリーがあがったみたいだな」辰吉は気落ちした声でぼそっと言った。
 正幸は冷静だった。
 「メグミ、お前、クーラーつけっぱなしで車、降りたんだよ。そのせいだよ」
 正幸は窓から体を入れてクーラーのレバーを切った。そのことに誰も気づかなかったのだ。恵は泣きくずれた。
 「ごめーん。わたしがおっちょこちょいだからこんなことに」
 正幸はどなった。
 「馬鹿! 泣くのはあとだ。ブースター・ケーブルでバッテリーをつなぐぞ。タツキチ、メグミと代われ」
 ケーブルでつなぐとすぐにエンジンはかかった。
 今度こそ3台はそろって発進した。水深がかなり深くなっていたが、正幸は50メートルくらい進んだ。そこまでくるとタイヤが水の中に入って見えなくなった。正幸はビートルを停止させ、窓を開け、うしろに叫んだ。
 「だめだあ! 戻れえ! バック! バーック!」
 正幸のすぐうしろは恵だった。彼女が事情を理解するのには少しだけ時間がかかった。正幸のビートルのバック・ランプでやっと気づいた。辰吉はすぐにわかり、バックをはじめた。恵もぎこちなくバックした。
 正幸のビートルはもう動けなかった。正幸と美智子は車を降りて島の方へ押した。水位が177㎝の正幸の腰近くまで上昇していた。
 辰吉と宏美と恵が水の中を応援にきた時には、正幸のへそまで水位が上昇していた。
 5人でビートルを押すと動きだしたが、その瞬間に水に持っていかれてしまった。辰吉がビートルにしがみつこうとするのを正幸がとめた。
 「やめろ!」
 辰吉はねばろうとした。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ロコモーション
◆ 執筆年 2003年7月27日