ギンザ

麗しのサブリナ
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20

 「トメちゃん、今までいろいろありがとう。わたしのこといろいろ心配してくれて本当にうれしかったんだよ。手紙いっぱいかくからね」
 「トメも下手な字だけども、お手紙をかきますね」
 愛子と伸子とトメは長い間別れを惜しんだ。
 そのうちに列車の時間が迫ってきたので、愛子はうしろ髪を引かれる思いで店をでていった。
 残された伸子とトメが愛子のことを話し合っていると、決意に満ちた表情の若い男性が店にやってきた。田村秀幸だった。
 「アイコさんは、今日はお休みですか?」
 伸子とトメは顔を見合わせた。
 「今日でお店をやめて、故郷に帰ったんですよ」伸子が言った。
 「そうでしたか」
 秀幸は、苦りきった表情になった。
 彼は、実家に戻ってからも愛子のことが忘れられなかった。家に落ち着き、会社に慣れるまでは、片づけなければならない用事が山のようにあった。やっと少し暇ができ、今日は何が何でも、もういちどだけ愛子に会ってみようと思ってやってきたのだった。外から店の中を見て、愛子がいないのがわかったので、入ろうかどうしようかためらったが、勇気をだして飛びこんだのだった。せっかく遠くからきたのにすごすご帰るのではあまりにも情けないではないかと思ったのだ。彼にしては珍しく強い意志であった。今日の秀幸はいつもとは違っていた。
 「実は……」
 彼は、伸子とトメに、今までの愛子とのいきさつを話し、真剣な気持ちであることを説明した。
 伸子もトメも、秀幸が真面目で立派な人間であることを理解した。こんなよい青年なら、愛子の行き先を教えてもいいだろうと結論した。
 「お客さん、実はアイコさんは今、故郷へ向かう列車に向かったところです。お客さんと本当に入れ違いですよ。今から走れば有楽町駅にいくまでには追いつけると思いますよ」
 秀幸は目を輝かした。
 「ありがとうございます。早速走っていこうと思います。このお礼はあとで必ずします。それでは」
 秀幸はあわただしく頭をさげると、勢いよくドアを開け、銀座通りを走りだした。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ギンザ
◆ 執筆年 2004年5月4日