ナナの夏

夏の海
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 首都圏からそう遠くない海岸では、大勢の人々が夏の日の光を浴びていた。広い砂浜のあちらこちらにビーチパラソルが立てられ、マットが敷かれていた。たくさんの若い男女が浜辺と海をいききし、また、出店との間をいききしていた。女たちは惜しみなく肌を見せていた。
 「目のやり場に困るなあ」と、真次は両手に飲み物を抱えて歩きながら、一緒に歩いている一夫に言って笑った。笑顔が朗らかで、まだ少年のような顔つきだ。しかし、彼はもう大学二年生である。
 「お前、困っているようには少しも見えないぞ」と、同じように出店で買ってきた物をたくさん持った一夫が、肩で真次の肩を押した。真次はその拍子にバランスを失い、サンダルが片方脱げ、缶ジュースを一つ砂の上に落とした。
 「この野郎、何てことしやがるんだよ」と、彼が脱げたサンダルを履き、缶を拾おうとすると、若い女がすばやく拾ってくれた。
 「はい、どうぞ」
 女に笑顔で渡された缶を受け取った真次は、「ありがとう」と言いながら、女の方を見つめた。髪が短くて、明るい色のビキニを着ている。浜辺には飲食店組合が流しているヒットソングが鳴り響いていた。
 女の子は、さっと振り向いたかと思うと、立ち去ってしまった。真次もすぐ歩き始めた。
 「おい、今の子、かわいかったな」
 「ああ」と、真次は簡単に答えた。
 「お前、何で名前聞かなかったんだよ」
 「うるせえ。自分で聞けばよかっただろ」と言いながら、真次も何だか少し心残りだった。彼は、一緒に海水浴に来た新入生の女の子のことが頭にあったのだが、今のビキニの子にはとても鮮烈な印象を受けた。
 彼らが仲間のいる所に戻ると、ちょうど女の子たちが海から上がってきたばかりだった。小さな水着から水がしたたっていた。パラソルの横で立ち止まり、彼女たちは楽しそうに話し始めた。三人の女の子たちが横一列に並んでいる。真次はその中の一人に缶ジュースを手渡した。
 「あ、冷たーい! 滝沢先輩ありがとうございます」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日