ナナの夏

夏の海
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 彼女は、両手で大切に缶を持ち、ぺこんとおじぎをした。ピンク地にベージュの水玉模様のワンピースの水着を着けた彼女はとてもかわいらしかった。田中里美といって今年入学してきた。真次は里美を気に入っている。しかし、そんなそぶりは見せないで、他の二人の女の子にもすばやくジュースを渡した。一夫も女の子に渡したかったのだがすっかり出遅れてしまった。真次はパラソルに一人残って荷物の番をしていた男にもジュースを渡し、自分の手に残った一本を開けて飲みながら、一夫の方を見た。
 「お前が買ってきたのは、この中に入れといて」
 真次はクーラーボックスを足で押し出すようにして一夫に渡すと、同級生の村野貴美恵に話し掛けた。一年間クラスメートとしてずっと近くにいたせいか、彼にとっては一番話しやすい女の子であった。大柄でスタイルのよい貴美恵に青いビキニがよく似合っていた。
 「村野、こいつにつかまって、あの辺まで泳いでみないか」
 真次の指した方向は、テトラポットがたくさん重なっていて小さな島のようになっていた。貴美恵は真次の抱えている大きなビーチマットを見た。
 「いいよ。でも、私はあそこまでなら泳いでいくわ」
 貴美恵は缶に残ったジュースを飲み干し、真次と歩きだした。
 「先輩たち」
 二人が振り向くと、ピンクの水着を着た里美が願い出た。
 「私がそのマットにつかまって、あそこまで付いていっていいですか」
 「ああ、いいよ」真次は気のなさそうな返事をしたが、内心はうれしくて仕方なかった。
 「じゃ、行こうか」真次がそう言って笑顔を見せると里美は心が躍った。三人は波を分けて海に入っていった。
 足が届かない水の中をビーチマットにつかまって、黙って真次と里美は泳ぎ続けた。彼らの背後から貴美恵が平泳ぎで付いてきた。テトラポットにつくとマットをその上に乗せ、真次はそこに上り、里美に手を貸して上らせた。まだ海の中で立ち泳ぎしていた貴美恵が真次に声をかけた。
 「滝沢君、私戻るね」
 真次は、疲れているから少し休むように言って、彼女を留めようとしたが、彼女はきかなかった。
 「じゃあ、がんばって泳げよ」
 「うん」
 貴美恵の青いビキニの背中を見送りながら、二人は急に手持ち無沙汰になってしまった。じりじりと射す白い日の輝きが自分たちを圧迫するように思った。
 真次は、テトラポットに打ち寄せる波がなかったら、熱くて座っていられないぐらいだろうと思った。水に濡れたテトラポットは気持ちの悪いものではなかった。真次がテトラポットに腰を下ろしても里美はうつむいたまま立っていた。
 「田中、ここに座りなよ」
 真次は向かいにちょうどよい場所があったので、里美にすすめた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日