ナナの夏

夏の海
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 里美は真っ直ぐの目で七重を見つめた。七重も意志的に顔を真正面にすえていた。
 「私はただ夜の潮風に当たりたくてぶらぶら歩いていたんです」
 数秒間、里美は真次と七重を見比べていた。が、すぐに真次に話し掛けた。
 「先輩、荷物を渡して下さい」と言われて、真次はその通りにして床に上がった。「みんな待ってますよ。あ、先輩まだお風呂に入ってないですよね。汗を流してきて下さい。その間に飲む支度をしておきますね」
 里美が真次の世話を焼いている横を、七重はさっと通り抜け、二階に上がっていった。
 真次が加わり、少し始まっていた宴はさらに盛り上がり、深夜まで続いた。そのまま一人二人とその場で眠り込み、最後まで眠れなかった真次は、さっきの出来事のせいで目がさえきっていた。目の覚めるような美少女との嵐のような出来事。初めての体験の失敗。こんな重大な事件がまさか一度に起こるなんて。自分のことではなくて、映画のシーンを思い出しているかのようだった。しかし、七重の感触と息のぬくもりは、まだ残っていた。七重を知る前は、里美のことばかり考えていた。しかし、今はもう七重の光にかすんでしまい、里美に対する思いがあっけなく消えてしまったみたいだった。それは不思議だった。でも事実だった。一日で、一瞬で、こんなにも気持ちが変わるものか? 真次は、自分自身があまりにも薄情で嫌になった。が、ナナに会いたい、という心の言葉は内側から波紋のように、渦のように湧き起こって、止めるすべが思い当たらなかった。

 神々しいまでにまぶしい日の光に目をしかめて、ビーチマットにあおむけになったとたんに真次は横向きになり、サングラスに手を伸ばした。
 「やらしいなあ。そんなもんかけて何を見てるのか」
 真っ赤なビキニ姿の貴美恵がサングラスをかけて水際を眺めていた真次の前に仁王立ちになった。
 「見てほしけりゃ、そう言えよ。まったく裸同然の格好でうろうろしやがって」
 貴美恵はわざとポーズをつくってしばらく立ちふさがった後、海面に水しぶきを上げた。その鮮やかな泳ぎを眺めていると耳の近くに女の声がした。
 「はい」
 黄色にフリルのついたワンピースの水着を着た小鹿のような里美が、しゃがみこんで、ストローの付いたコーラを手渡した。
 「サンキュー」
 胸元には昨日真次が買ったネックレスが光っている。真次の良心がうずいた。
 「真次先輩は泳がないんですか」
 里美がニコッとほほえんだ。その笑顔がまぶしすぎた。
 「コーラ飲んだら泳ぐさ」
 「じゃあ、一緒に泳ぎましょう」
 「ああ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日