ナナの夏

夏の海
prev

13

 真次のことを格好いいと思った。初めて男の子に好きだと言われて心拍数がぐーんと上がった。何でも許してあげたいという気持ちを理性で抑えられなくなった。女の子は本当は、ちょっとのことで、男の子に何でもしてあげたくなってしまうのだ。でも、それをいつも強い理性で抑えている。そうしないと、男の子はとことんまで甘えてくることを知っているから。男の子の欲求にいつも従っていたら女は簡単に自分を見失ってしまうだろう。ナナはふとそんなことを考えた。そして、もしかしたら自分は理性が弱いのかもしれないと思った。嵐があの時静まらなかったら、本当にすべてを許してしまったのかしら。雷が遠ざかり、雨が小降りになったら、急に落ち着いて状況が見えてきた。自分の恥ずかしい姿を会ったばかりの男の子に見られている。そして未熟で雑な接触。その感覚ではっと我に返り、真次を押しのけた。今になってみると、あの時はあのぐらいで済んで本当によかった。完全に成し遂げさせていたら、絶対に深い後悔をしていたろう。明日は午前中に帰路につく予定だ。お父さんとお母さんに頼んで、もっと早く帰るようにしてもらおうかな。でも知義と満秀がかわいそうだな。あんなに真っ黒になるまで泳いで、全身で喜んでいるんだから。知義だって高校受験控えているくせに、すっかり忘れちゃってるみたいね。とにかく彼とはもう二人きりにならないようにしよう。たくさんの歌の中にあるように、男にだまされて泣く女と一緒には絶対になりたくないもの。
 浜辺では、真次の仲間は、みんな磯の方へ行ってしまった。ビーチマットも何もかも運んで。真次は浜辺でもう一度ナナを探し出そうと思ったが、遅れながらも仲間に従うことにした。
 「大輔に魚が獲れんのー?」
 サングラスをかけた真次が近づくと、貴美恵がはしゃいだ。
 「ほら、見て見て」
 彼女は、砂を掘って生け簀のようにした場所を指でさした。中には、いそぎんちゃくやカニややどかりやひとでが色鮮やかに入れられていた。
 「大輔、魚はどうしたんだよー!」
 大輔は腰まで水につかって海底を眺めていた。
 「どうもこの辺は雑魚ばかりですね、先輩。いいのが見つかればつかまえて焼いて食べさせてあげたいんですけど」
 「その辺の出店でいか焼きとかさざえのつぼ焼きを買って食った方がいいんじゃないの。俺ちょっと買ってくるよ。一夫、一緒に行かないか」
 マットに寝そべっていた一夫は、いいねえと言って起き上がろうとしたが、里美の声に制された形となった。
 「先輩、私が一緒に行きますよ」
 里美が意味ありげに、ニコッと笑った。「ああ、そうしてくれる、一夫、田中と行ってくるからな」、と言って、真次は歩きだした。
 いかとかはまぐりとかビールなどを抱えて二人が砂浜をゆっくり歩いていると、里美が思いついたように言い出した。
 「そうだ先輩。私のネックレス返してもらえますか。私も先輩に買ってもらったネックレスを返しますね」
 里美はネックレスをポケットから出して、真次にさしだした。真次は里美のネックレスをその手に乗せたが、自分が買ってあげたものは取らなかった。
 「先輩、これはお返しします」
 「そんな、田中にあげたんだよ」
 「私のがなくなった代わりとしてですよね。でも私のは戻ってきたからこれはいりません」
 「じゃあ、その辺に捨ててくれればいいよ」
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日