ナナの夏

14
「そんなことはできませんよ」
里美は無理矢理ネックレスを真次のアロハシャツの胸ポケットにねじ込んだ。
「誰か、先輩があげたい人にあげればいいじゃないですか」
里美はひそかにそれは田中だよ、というセリフを期待していた。しかし実際には長い間の後、だから田中にあげようと思って買ったんだけど、という言葉が返ってきた。里美は、両者は似ているが、全然別個の感情だと看破し、これ以上耐え切れなくなって、暑い砂を飛ばしながら駆け出した。
「田中、田中!」
里美は真次の呼ぶ声も構わずに仲間のところへかけて行った。
海の家の夕食に七重は顔を見せなかった。父親が母親に聞いた。
「ナナはどうしたんだ」
「食欲がないんだって。今日は早く寝るってよ」
「こんなに海の幸があるのに、もったいないじゃないか」
「またお隣の学生さんたちに食べてもらいましょう。満秀、悪いけどお姉ちゃんのおかずを学生さんたちへどうぞって渡してきて」
カニの脚と格闘していた満秀は、手を拭くと、言われた通りにした。
つい立ての横から中学生ぐらいの男の子が膳を運んできたので、一夫や貴美恵たちの視線が一斉に集まった。
「どうぞ」
一夫が相手をした。
「あれ? 今日は弟さんの方かな? こんなにまるごともらっちゃ悪くないかい?」
「姉ちゃん、具合が悪くて食べられないんだって」
「そうか。じゃあ、ありがたくいただきますよ」一夫は膳を受け取ると少し大きな声を出した。「どうもすみません。すっかりごちそうになりまして」
他の者たちも口々にお礼を言った。
真次は落胆していた。やっぱり来ていないんだ。さっきから何となく様子をうかがっていて、どうも気配がなさそうだなと思っていたのだが、これで判然とした。話をしたかったし、住所と電話番号の交換もしたかった。よっぽど弟を呼び止めて聞き出したかったが、まさかそんなことはできないと思い直した。
部屋に戻って宴が始まっても真次はうかない顔をしていた。昨日の夜はこれからの生活をあれこれと思い浮かべて、幸福な感情に浸っていたのだ。美少女との思いがけない出会い。甘い言葉のやり取り。来年は一緒のキャンパスをゆっくり歩けるかもしれない。今までで最高に幸せな気分を味わった。もうナナのことしか愛せない。ナナの笑顔や小麦色に焼けた裸身ばかりが頭に浮かんできた。何よりも誰よりもナナを大切にしよう。神に誓いまでもした。神様、ナナと俺を見守っていて下さい。俺はナナのことがこの上なく好きになりました。今日出会ったばかりなんだけど、この気持ちにいつわりはありません。俺はナナを愛してます。そしてそばがらの小さな枕を抱き締めて、ナナ、ナナ、ナナと心の中でつぶやいて明け方近くまで昨晩は眠れなかったのだ。
里美は無理矢理ネックレスを真次のアロハシャツの胸ポケットにねじ込んだ。
「誰か、先輩があげたい人にあげればいいじゃないですか」
里美はひそかにそれは田中だよ、というセリフを期待していた。しかし実際には長い間の後、だから田中にあげようと思って買ったんだけど、という言葉が返ってきた。里美は、両者は似ているが、全然別個の感情だと看破し、これ以上耐え切れなくなって、暑い砂を飛ばしながら駆け出した。
「田中、田中!」
里美は真次の呼ぶ声も構わずに仲間のところへかけて行った。
海の家の夕食に七重は顔を見せなかった。父親が母親に聞いた。
「ナナはどうしたんだ」
「食欲がないんだって。今日は早く寝るってよ」
「こんなに海の幸があるのに、もったいないじゃないか」
「またお隣の学生さんたちに食べてもらいましょう。満秀、悪いけどお姉ちゃんのおかずを学生さんたちへどうぞって渡してきて」
カニの脚と格闘していた満秀は、手を拭くと、言われた通りにした。
つい立ての横から中学生ぐらいの男の子が膳を運んできたので、一夫や貴美恵たちの視線が一斉に集まった。
「どうぞ」
一夫が相手をした。
「あれ? 今日は弟さんの方かな? こんなにまるごともらっちゃ悪くないかい?」
「姉ちゃん、具合が悪くて食べられないんだって」
「そうか。じゃあ、ありがたくいただきますよ」一夫は膳を受け取ると少し大きな声を出した。「どうもすみません。すっかりごちそうになりまして」
他の者たちも口々にお礼を言った。
真次は落胆していた。やっぱり来ていないんだ。さっきから何となく様子をうかがっていて、どうも気配がなさそうだなと思っていたのだが、これで判然とした。話をしたかったし、住所と電話番号の交換もしたかった。よっぽど弟を呼び止めて聞き出したかったが、まさかそんなことはできないと思い直した。
部屋に戻って宴が始まっても真次はうかない顔をしていた。昨日の夜はこれからの生活をあれこれと思い浮かべて、幸福な感情に浸っていたのだ。美少女との思いがけない出会い。甘い言葉のやり取り。来年は一緒のキャンパスをゆっくり歩けるかもしれない。今までで最高に幸せな気分を味わった。もうナナのことしか愛せない。ナナの笑顔や小麦色に焼けた裸身ばかりが頭に浮かんできた。何よりも誰よりもナナを大切にしよう。神に誓いまでもした。神様、ナナと俺を見守っていて下さい。俺はナナのことがこの上なく好きになりました。今日出会ったばかりなんだけど、この気持ちにいつわりはありません。俺はナナを愛してます。そしてそばがらの小さな枕を抱き締めて、ナナ、ナナ、ナナと心の中でつぶやいて明け方近くまで昨晩は眠れなかったのだ。