ナナの夏

夏の海
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16

 結局、翌日の昼近くになっても、真次はナナと会えずに浜辺に横たわって黙り込んでいた。パラソルの影がずれてしまい、マットにあおむけになっている真次の二本の足が日の光にさらされている。他のみんなはずっとテトラポットの周辺で遊んでいて真次一人だけがとり残された。さすがに足が熱くて耐えられなくなり、真次は立ち上がって、その勢いで飲み物を買いにいった。
 出店に何人か客が群がっていた。そこにナナがいた。ストローを挿した大きな紙コップを三つ持って振り向いたところだった。ナナは真次と目が合うとばつが悪そうにした。それで一旦笑いかけた真次の表情も固まってしまった。真次は呼びかけた。
 「ナナ」
 ナナは暗い顔つきで下を向いた。
 「ナナ」
 真次はナナの手首をつかもうとした。しかし、彼女がさっと体を後ろに引いたので、真次の手は空を切った。
 「ナナ?」
 ナナは体をかわして立ち去ろうとしたが、真次は今度こそ手首をつかんだ。その拍子にナナの持っていた紙コップから中身がこぼれた。ナナは真次の顔を見つめた。
 「何で、何で行ってしまおうとするんだい? 俺はずっと君と話したかったんだ」
 ナナはそれには答えず、手を振りほどこうともがいた。紙コップからまた少し中身が飛び出た。
 「お願い離して。もう帰る時間が迫ってるの。家族が待ってるから」
 その声の調子にはっとなった真次は思わず手を緩めた。その隙にナナは手を振りほどき、身軽な動作で走り出した。真次は後を追った。
 「ちょっと待ってよ。ゆっくり君と話をしたいんだ。そうすればすべてわかってもらえるはずなんだ。ちょっと待っ……」
 「そのうちにこっちから連絡するから」
 「だって電話番号を教えてないじゃないか」
 「大学に問い合わせるから平気」
 「キャンパスを一緒に歩くんだろ」
 「もちろん。受験する候補の一つであることには変わりないわ。もし合格できたらきっとまた会えるでしょう」
 七重は足が速かった。真次は力が抜けて膝から砂浜にしゃがみこんだ。やっぱりいつの間にか大事なことがどこかへ過ぎてしまっている。彼は速度を変えずに駆けて行きしだいに小さくなっていく七重の後ろ姿を惜しむようにいつまでも見つめながら、重苦しい夢の中をさまよっているような胸苦しさを覚えた。カップルや子どもたちの明るい歓声が耳を打つ。ビーチ中に夏の恋を歌ったアイドルたちの声が響き渡っている。彼はそのまま砂浜に両手をついた。その拍子にアロハシャツの胸ポケットから、里美に買ってあげた水色のネックレスが落ちた。それを拾い上げると、手の中で強く握り締め、砂の熱さに苦痛を感じながらもしばらくの間はまったく体を起こす気になれなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ナナの夏
◆ 執筆年 2004年5月4日