思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 桃子が首をかしげると、茉梨絵も当て推量で、いろいろな説を唱えた。店の奥で静かに何かの仕込をしているまだ若い店主は、私たちの話が聞こえるのかどうかわからないが、始終穏やかな笑みを湛えている。私はこの謎についてはあえて解明してみたいと思わなかった。謎というのは解明しなければそのまま何事もなく我々と一定の距離を置いてくれるのではないかと思うからだ。正直言って、今回の、どうしても自分たちが関わらなくてはならなくなった謎の究明では、かなりの労力を費やした。謎が解けてすっきりしたという気持ちも当然あるが、知らなければよかったと思うこともたくさんあった。あまり知らなくても済むようなことに対しては、人は野次馬根性で首を突っ込まない方がいいと私はつくづく思った。私が今回最も衝撃を受けたのは、絶対に霊を見ないはずの私が桜さんの霊を過去に見ていたということだ。私は門倉を助け出した夜に、これは一体どういうことだろうと遼子に質問したが、その時の遼子の答えは非常に明快だった。あなたは怖がりだから、あなたが怖いと思う霊は姿を現さない。でも桜さんを見た時は怖くなかったでしょう? それはあなたが彼女を普通の子供だと思ったからよ。でも桜さんが霊だということを知ったから、霊を怖がるあなたの前には桜さんはもう二度と姿を現さないわ。じゃあ、普段こうして見ている大勢の人の中にも霊が紛れ込んでいるというのか、と聞くと遼子は笑った。それは何とも言えないけど、とにかく心配する必要はないわ。霊を怖がるあなたの所へは決してそれとわかるようには霊は現れないから。
 確かに私は、大学時代に桜さんの姿を見たこと以外には、そういうものを見ていない。これからも私がそのような存在を恐れ敬う気持ちを忘れなければ、没交渉でいられるだろう。そんな思いも私の考えに多少影響を及ぼしたせいか、心霊現象とは直接関係はないが、ラーメン屋の謎についても、私は謎のまま保存しておこうと思っている。
 私たちはその店を出て、それぞれの自宅に戻った。私たちはその事件以後も、事件前と同じように生活した。最も門倉だけは家庭の状況が一変したが、それ以外は元通りだった。私は相変わらず勤務先の大学で文学を研究し、遼子も同じように彼女の勤務先の大学で文学を研究している。璃鴎は小学校でこつこつ勉強している。二人娘も相変わらず仲良く、大学に通っている。まぁ、あえて変化したことをあげれば、二人娘が璃鴎のことを気に入り、ちょくちょく私の家に遊びに来るようになったことぐらいである。彼女たちは璃鴎の不思議な能力に惹かれ、ちょっとでも不思議だと思うことがあると、すぐ大げさに騒ぎ立てて璃鴎に説明を求めるのである。実際にはそんな不思議なことが頻繁にあるはずもないので、璃鴎はにこにこ笑いながら彼女たちの話を聞いているだけなのだが、また今回のように変わった出来事でも起こったらどうしようかと、多少の不安を内心に感じないというわけでもない。しかし、彼女たちも変化の多い青春時代を生きているから、そのうちに子供相手の話にも厭きて、この家から離れていくだろうと、私は踏んでいる。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日