思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-

桜
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 門倉は思わず煙草を落とした。
 「ほ、本当か?」
 「ああ、その子な、翔子のいる病室の方をじっと見ていたよ。ちょうど翔子の臨終の時間だった。お前が俺に近付いてきたから、俺はお前の方を振り向いた。そして、そのすぐ後にもう一度女の子の方を見たらもういなくなっていたのさ。」
 門倉は私の話を聞きながら、黙って足で煙草を踏み潰していた。そしてそのまま下を向いて話し始めた。
 「俺、あの時、翔子にのぼせちゃってさ、身動きできなかったんだよ。翔子は俺以外にも付き合っている男がいた。それがわかっていながら俺は翔子から絶対離れたくないと思った。抜き差しならなくなってたところへあの事故だ。俺は実はほっとしたんだよ。あのままだったら、俺はやけになって酒を飲みすぎてどうかしたと思うし、かなり本気で自殺しようとも思っていた。ところが翔子が死んだら、気持ちがすっとして、自分を取り戻したんだよ。」
 門倉は、遠い目をして桜の木の梢を見つめた。
 「さっちゃん、本当に俺のことを守ってくれていたんだなぁ。」
 春の風がまた一吹きし、門倉の言葉に答えるように私たちの頭上の桜の枝が揺れた。目の前は舞い狂う桜のはなびらで一杯になった。
 墓参りも済み、堀川家への挨拶も済み、私たちは帰路についた。門倉の車を先頭に3台が連なって走り始めてすぐだった。門倉はハザードランプを出して、車を脇に寄せた。彼が車から降りて私の車まで歩いてきたので、私は窓から首を出した。
 「おい、あの店だよ。前に俺が言ってたラーメン屋。ものすごくはやってたのに店をたたんで、こんな目立たないところに転居したって奴だよ。」
 門倉は思いがけない嬉しさに、子供のようにはしゃいでいた。
 「おっかしいよな。あんなに探している時には見つからないで、こんなふうにひょんなところで見つかるんだからな。おい、ちょうど昼時だから、寄っていかないか?」
 私たちは門倉に言われるがままにその店でラーメンを食べた。店に入るときにちらっと裏を見るとそこには確かに小さな墓場があった。門倉が言うだけあって、確かに味がよかった。門倉の話を聞いて桃子たちも不思議がった。
 「それにしても、どうしてそんなにお客さんが来ていたのに、何も言わずに越してきちゃったんですかね?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 思われ-チェリー・ブラッサム・ピンク-
◆ 執筆年 2007年4月1日