シナリオ

飛行機
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ナイトメア

 青い信号灯の上に重たい雲が厚ぼったく乗っかっている。萩原秀樹はいらいらしながらハンドルを握っていた。暖房の音がうるさいし、顔もほてってきた。職場の同僚である女性、亜矢子との打ち合わせの時間に間に合いそうもない。修学旅行のバスだろうか? 途切れずに何台も右折するので、なかなか直進することができない。信号灯がまたバスの車体で隠れてしまった。窓から女子高生のうれしそうな横顔が見える。彼女たちには何の罪もないのに、むやみに憎らしく感じられる。
 「こっちは仕事してるのによぉ。ちくしょう。早く曲がれよ。信号が変わっちゃうよ。だいたいなんで右折車を直進車が待っていなくちゃならないんだよ」
 これで終わりかと思ったら、また一台右折しだした。よっぽど発信させようかと思ったが、ぐっとこらえた。やっとバス群の右折が終わった。さすがにもう赤になっているだろうと思って見ると、まだ青だったのでうれしくなった。車を発進させると、道の真ん中で猛烈なクラクションを浴びた。もう一度信号を見ると赤だった。
 「そんなはずはない。この信号、壊れているのか?」
 アクセルを踏めば、なんとか渡れそうな距離だった。彼はぎりぎりのところで左から突進してきたトラックにぶつけられずに済んだ。次の瞬間に彼の目に飛び込んできたのは横断歩道の真ん中を歩いている若い女性だった。間に合わなかった。
 「キキー! ドン」
 車を止めて、ドアを開けて、駆け寄るまでが異様に長い時間に感じられた。水の中を走っているようだった。何も聞こえない。ぐったりした体の横にひざまずいて、血だらけの顔を見た時、周囲の叫び声がいっぺんに耳に入ってきた。
 「そんなばかな。なんでおまえなんだよ? おまえがここにいるはずないじゃないか!?」
 目の前の情景が一瞬に真っ黒になった。秀樹は汗びっしょりになって、ベッドから起き上がった。
 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……」
 秀樹は両手で顔を覆って、思考をつなぎ合わせた。
 「またこの夢か。何度見ても心臓が縮むぜ」
 彼はベッドから歩きだした。電気をつけて、風呂場で汗だらけの下着を脱いだ。シャワーを浴びて、着心地のよい寝巻きに着替えると、冷蔵庫から缶ビールを出した。一気に半分まで飲むと少し気分が落ち着いてきた。しかし、あの映像が脳裏に浮かび上がり、悔しさと悲しさと腹立たしさとその他の激しい感情が襲いかかった。
 「いつも、一緒にいようなって、言ったろ。いつまでも一緒だよって、言ってたよな、おまえ」
 テーブルの片側に置かれた、バラを挿した花瓶の横に、半分残ったビールを置いて、秀樹は反対側の椅子に座って、外が白むまでじっとしていた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シナリオ
◆ 執筆年 2010年5月16日