あなたに夢中

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第一部 ひまわり
昭和の終わりの北関東の大学生といったら、親に買ってもらった1500ccのハッチバックで大学に通い、放課後はカラオケかビリヤードかボーリングでほどよく息抜きして、家に帰り明日の予習をするという、きわめて適切なキャンパスライフをエンジョイしていたものだった。群馬県立大学の一年生の宮下温子も、入学して三カ月ですっかりそんな生活になじんでいた。長野県大町市からやってきて、初めは高崎も都会に見えたが、地元の子たちがあまりけなすので、街のあらばかり目につくようになってしまった。
アパート暮らしになんとなく夢描くところもあったが、学校との往復、食事の用意、洗濯、掃除、そんな地道なことの繰り返しで、夢もなにもあったものではない。ただ寂しいだけだ。
夢……。なくもないが、本当に雲か霞のようにおぼつかない。
雲か霞のようなものでも、胸をときめかすにはじゅうぶんだった。講義が終わって、とてもかわいがっている愛車のカローラFXを走らせ、スーパーの駐車場でおっかなびっくり車をバックさせ、ショルダーバッグを脇に挟んで野菜売り場まで小走りした。
プラスチックのかごをワゴンに乗せて、ショルダーバッグからメモを取りだし、涼しそうな黄色のワンピースに、シェルピンクのヒール、ターコイズブルーのピアスと指輪の温子は、軽やかなにショーケースを見てまわる。
キュウリ三本、トマト三個、セロリ一束、キャベツ半分をかごに入れると、別のコーナーに移動した。豚肉二切れ。あさり一パック。豆腐一丁。コーヒー豆200グラム。以上をレジに持って行こうとして、思い出した。
「そうだ油がきれかけてた」
再び陳列棚にもどってサラダ油を探した。ほかにも忘れたものはないか少し考えてみたが、思いつかないので、今度こそレジに持っていった。
店を出ようとして気がついた。
「ひまわり、ひまわりを買っておこう」
思い出したら都合よく花屋があった。というより、花屋を見て思い出したといったほうが正確だった。スーパーの出入り口付近には、たいていクリーニング屋とか花屋とかパン屋とかが、買い物を終えた客の購買欲を再度刺激しようと待ち構えているものだ。温子はそういう戦略に救われたかたちになったのであった。
アパートにもどるとすぐ準備にかかった。龍一は六時にくる。まだ一時間ある。なにもかもととの調ってから迎え入れられるだろう。