あなたに夢中

ひまわり
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「プロクルーステースは旅人を自分の住処に泊めてやろうと言って、ベッドのうえに寝かせるのですが、もし旅人がベッドより背が低いときは、無理やり引き伸ばし、ベッドからはみ出る場合は、ぴったり収まる長さに足を切ってしまったんです。政治や行政を執行する者にも、このプロクルーステースのようなやり方をするということがあるのではないか。そういう反省は行政に携わる者として不断にしなければならないんですね」
 ともすれば、騒々しい空調の音にかき消されそうになりながら、地方自治政策の担当教授はつまらなそうに話を続けていた。
 鈴木龍一はフェリーのチケットをバッグからもういちど取り出してみた。バッグは茶色で、ナショナルジオグラフィックと同じ大きさで、革製だった。髪の色もそれに近かった。染めているのではなかったが、だれもが初めて彼を見ると、遊び慣れているなこいつ、と思う。よく日に焼けているからなおさらそう見える。ところが話しかけてみると、落ち着いていて、流暢さはみじんもなく、すっかり面食らってしまう。すると茶髪に見えた髪もナチュラルに見えてくる。紺のデニムの短パンに、白地に紺のボーダーのポロシャツがよく似合っている。
「龍一、どっか行くの?」
 星野真貴が話しかけた。ジーンズの短パンに、胸に赤い字で"coca cola"とプリントされた黒いTシャツを着ている。政治学の教授が講義をしているので、少し遠慮した小声である。同じような話し声があちらからもこちらからもしていて、大教室はざわめいている。
「北海道にね」
 龍一の目は、このことがいかに重大か物語ろうとしていた。しかし、真貴はまるで意に介さず、質問を畳みかけた。
「いいな。あっちゃんとかい?」
「そう」
「何日行ってくるの?」
「八日間」
「向こうでなにするの?」
「ひまわりを見てくる」
「それだけ?」
「あとは適当に」
 真貴はしばらく龍一の顔を見ていたが、
「ふうん。おまえは変なやつだな。あっちゃん、行きたがったのか?」
と言うと、かなりまとまった量の文字が書きとめられた黒板に目を移し、ノートを取りはじめた。龍一も慌ててノートにシャーペンを走らせた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日