あなたに夢中
48
「手術は予想以上にうまくいったそうです。おばあちゃんの体力が思ったよりあったのが功を奏したみたい。ほんとうにご心配をお掛けしました」
みんなが無事を喜びあった。
「おれはすでに予知していたんだよ」
龍一が調子づいて偉そうに言ったが、父親にたしなめられてまたしゅんとした。
「でも、ご両親になんて言って出てきたの?」
母親が温子にきいた。
「北海道のゼミに参加しないと進級できないからって」
「まあまあご苦労なこと、うちの龍一のせいでねえ。連絡先とかどう言ったの?」
「みんな猛勉強で、電話が鳴ると気が散るから、こっちからかけるって」
「それじゃあ、ご両親心配よねえ。ねえ、よかったら、うちの電話番号教えといたら」
温子は少し考えてから、目を輝かせて言った。
「ありがとうございます。それでは、もういちど電話を使わせてください」
「ええ、もちろんよ」
温子は再度受話器を取った。
龍一と父親は、手術成功の祝いだと言って、居間に行った。
「まったく、どこまで脳天気なんだか。お父さんもいっしょになって、仕方ないわねえ」
母親は台所に向かった。
温子が電話をかけ終わってうしろを振り向くと、明子がじいっと見つめていた。
「ねえ、ひとつだけきいてもいい?」
温子は体を堅くした。
「なにかしら? 」
「耳を貸して」
温子はおそるおそる明子の口に自分の耳を近付けた。
「好きって言われた?」
温子は最初のうちよく意味がわからなかったが、そのうちに飲みこめると、小さく首を横に振った。
「やっぱりなあ。大事だよね、言葉で言うことって。あいつそういうところが全然駄目なんだよ。男ってみんなそうなのかな? 男の意地? 笑っちゃうよね。よーし、わたしが龍一をぶんなぐってやる。ねえ、温子さん、北海道にいるあいだのしつけは、この明子さんに任せな。群馬に帰ったら、もっとびしびししつけなくちゃ駄目だよ。わかった?」
温子は笑って肯いた。
明子はくるっとうしろを向いた。ちらっと一筋、涙が流れたのを、温子は見逃さなかった。
明子の背中からきっぱりとした言葉が温子の耳に届いた。
「わたし、もう大丈夫だから」
明子は、居間へ走っていった。
温子はそのまましばらく、口を少しあけたまま立っていた。「温子さん」と母親に呼ばれるまで、黄色とオレンジとマリンブルーの水着にバスタオルを羽織った姿で。
みんなが無事を喜びあった。
「おれはすでに予知していたんだよ」
龍一が調子づいて偉そうに言ったが、父親にたしなめられてまたしゅんとした。
「でも、ご両親になんて言って出てきたの?」
母親が温子にきいた。
「北海道のゼミに参加しないと進級できないからって」
「まあまあご苦労なこと、うちの龍一のせいでねえ。連絡先とかどう言ったの?」
「みんな猛勉強で、電話が鳴ると気が散るから、こっちからかけるって」
「それじゃあ、ご両親心配よねえ。ねえ、よかったら、うちの電話番号教えといたら」
温子は少し考えてから、目を輝かせて言った。
「ありがとうございます。それでは、もういちど電話を使わせてください」
「ええ、もちろんよ」
温子は再度受話器を取った。
龍一と父親は、手術成功の祝いだと言って、居間に行った。
「まったく、どこまで脳天気なんだか。お父さんもいっしょになって、仕方ないわねえ」
母親は台所に向かった。
温子が電話をかけ終わってうしろを振り向くと、明子がじいっと見つめていた。
「ねえ、ひとつだけきいてもいい?」
温子は体を堅くした。
「なにかしら? 」
「耳を貸して」
温子はおそるおそる明子の口に自分の耳を近付けた。
「好きって言われた?」
温子は最初のうちよく意味がわからなかったが、そのうちに飲みこめると、小さく首を横に振った。
「やっぱりなあ。大事だよね、言葉で言うことって。あいつそういうところが全然駄目なんだよ。男ってみんなそうなのかな? 男の意地? 笑っちゃうよね。よーし、わたしが龍一をぶんなぐってやる。ねえ、温子さん、北海道にいるあいだのしつけは、この明子さんに任せな。群馬に帰ったら、もっとびしびししつけなくちゃ駄目だよ。わかった?」
温子は笑って肯いた。
明子はくるっとうしろを向いた。ちらっと一筋、涙が流れたのを、温子は見逃さなかった。
明子の背中からきっぱりとした言葉が温子の耳に届いた。
「わたし、もう大丈夫だから」
明子は、居間へ走っていった。
温子はそのまましばらく、口を少しあけたまま立っていた。「温子さん」と母親に呼ばれるまで、黄色とオレンジとマリンブルーの水着にバスタオルを羽織った姿で。
完