豹陣
-中里探偵事務所-

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場面1
現在は過去に劣らず暗く、その神秘は未来にひそむ何ものにも匹敵する。――ポール・オースター
『幽霊たち』
濃い夕闇の中、ヘッドライトが共同墓地に並んだ黒御影石の列を浮かび上がらせた。それらの墓石は幾十年もの風雪をやり過ごしてすっかり輝きを失っていた。紅葉した欅(けやき)の葉を幾葉か貼りつけているのもある。墓地の脇の市道を走っているSUVが一旦車を停止したかと思うと、ものの一分もしないうちにまた走りだした。その間に車の中から男が出てきて、車の後ろの舗装道路の上に横になっている男の脇にしゃがみこんだかと思うと、またすぐに走って車に乗りこんだ。
徒歩で六、七分ほどのスーパーに買い物に行こうとして市道沿いの小さな一戸建ての玄関ドアを開けた瞬間、大塚昭子の目にはSUVの姿と──昭子の表現では「ジープ」ということになるが──それが産み落としたのではないかと思われる位置に横たわる動かない男の姿が入った。
市道はこの北関東圏内では比較的大きな都市である足利市の山際をおおよそ南北に通っていた。SUVは南の方、すなわちJR足利駅方面に走っていった。
他に通る車もない。通行人もまったくいなかった。
昭子の住居は市道の東側に面して建てられている。家の南側には、両崖山(りようがいさん)方面に途中まで続く狭い舗装道路がある。
その小道に面した玄関ドアを開けると、ちょうどSUVが赤く点灯したテールランプを見せて走りすぎるところだったというわけだ。
昭子の位置からだと左斜め前方にあたる舗装道路上に、身動きもしないでうつぶせになっている男の体があった。それを見たとたん、ほとんど反射的にSUVの後方に取り付けられているナンバープレートの数字を読み取った。
昭子は記憶力がよかった。人の名前や、誰がどんなことを言ったかといったこと、はたまた、どこどこに出掛けたときに誰と誰がこういう話をして誰かが笑ったというようなことまで、とても細かく覚えていた。それは五十二歳になった今でもほとんど衰えていない。
昭子は回れ右をして玄関ドアを開け放したまま、たたきに履物を脱ぎ落とした。廊下に上がる際に向こう脛を打ったがまったく痛みを感じなかった。電話帳や雑誌が乱雑に押しこまれたカラーボックスの上に乗せてある手垢だらけの電話の受話器をとると、二度間違った番号を押し、そのたびに大きな音を立てて受話器を置いた。震える指で今度は正しい数字をたたいた。