豹陣
-中里探偵事務所-

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場面2
飯の仕舞(おしまひ)になる時に、茶椀(ちやわん)を出すと、『湯(ぶぶ)ばつか…………』と言つて訊(き)いた言葉と態度(たいど)とが非常に艶(えん)であつたと言ふので、私達(わたくしたち)はそれを長い間旅中(りよちう)の話の種にした。それほど此地(このち)の娘はやさしいカラーに富んでゐる。――田山花袋
『田山花袋の日本一周(前編)』
静かな地方都市の静かな裏通りに、あちこちの家から人が出てきて、捜査員たちが張ったバリケードテープの中を見ようと、遠巻きに集まっていた。
何も話すことができなくなった男の周りに集まった刑事たちが、その男に関するすべてを暴きだそうとして、歩いたりメモを取ったり顔をしかめたりした。
「警部補、おつれしました」
若い女教師のような刑事は、足利署交通課の刑事と話しこんでいる疲れた顔の中年刑事に言った。
「皆川巡査長の言っていたとおりです」
自分の名を言われたので、足利署交通課の皆川茂彦巡査長はうなずきながら一言二言発した。
女教師のように真面目そうな刑事がつれてきた女性は、皆川の聞きこみが終わったあと県警が来るまで待たされていたのでいらいらしていた。
女教師風は田部井巡査部長、二十八歳、足利市出身で足利市在住、足利女子高校出身である。
田部井と同じ足利市在住の栃木県警捜査一課課長補佐高柳和彦警部補は県警本部からの命令で初動調査の指揮を執ることになった。高柳は田部井に「ああ」と返事をすると、女の証言をもう一度繰り返させた。待たされたうえに同じ話を三度もさせられたので、女はふくれていた。
「こっちの」
と駅方面を指差して女は言った。
「スーパーでお弁当とか買って、で、あたしの家こっちだから」
今度は反対側を指した。
「歩いてスーパーにいって、駐車場に停まってる車のあいだを抜けて、スーパーの入口に向かっているとき、たまたまSUVの助手席のドアを開けて入口とは反対の方向に歩きだしたのよ。どこにいくのかなあっておもったけど、もちろん、そんなの一瞬のことだから、それで、なんとなく車の方を見たら、もう車が発進してたから、うしろから見ただけだけど、男の人がひとりだったのはたしかね。で、スーパーで買い物して、帰ったらすぐにパトカーのサイレンがすごくて、外に出てみたら割と近くなんで、歩いて来てみたらあの刑事さんに質問されて」
彼女は皆川を指差した。皆川は無言でうなずいた。
「男の人がSUVにひき逃げされたっていうから、もしかしてって思ったの。遺体を見せてもらったけど、たぶん間違いない」
高柳は田部井の顔を見た。そして極めて簡潔に指示をした。
「田部井、皆川巡査長と一緒に捜査しろ。殺人の線とひき逃げの線の両方だ。俺は足利署に捜査本部を立ち上げる」
田部井は高柳を見つめて返事をした。警部補はくるりと背を向けてダークグレーのセダンに乗りこんで、急発進させた。
田部井は捜査を続行した。現場でやることはたくさん残っている。