豹陣
-中里探偵事務所-

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場面26
人間とは妙なもので他人はともかく自己だけはどんな危険からも免れると心の何処かで考えているみたいです。――遠藤周作
『沈黙』
スーツの男は、iPadをカバンから取りだして、画像をだした。探偵の実家前の道路に停めた博之のカワサキZRX1200が写っていた。
「このバイクはあなたのものではありませんか」
博之の顔が青ざめた。一瞬、あの間抜けな探偵が実は警察と連携して動いていたのかとおもった。しかし、刑事ドラマみたいなことが現実にそうあるともおもえなかった。偶然と考えるのが妥当だろう。そう冷静に考えて、うまく切り抜けるための方法を必死に考えた。
「ええ、そうですけど。何か?」
スーツの男は、次の画面を開いた。バイクの背景に探偵の実家が写っていた。
「この家が先ほどいってた知人の家ですか」
「はい」
ロープで縛られた探偵が通郎と博之に挟まれながら家の中に入る画像。
「このロープで縛られている人は、あなたの知人ですか」
「……」
通郎と博之がタイヤを抱えて家からでてくる画像。
「このタイヤを家の中から運びだした目的を教えてもらってもいいですか」
博之の表情が固まっていた。固くなった喉(のど)からこわばった声をだした。
「この人が俺たちのタイヤを勝手に持ちだしたから、取りかえしただけですよ」
「勝手に持ちだしたねえ。じゃあ、この写真はどうでしょう」
つい今しがたまで、密やかな作業を行っていた谷が写っていた。通郎と博之が真剣な表情でタイヤを谷底に放り投げていた。
「せっかく取りかえしたのに、なんで捨ててしまうんですか」
「……」
縛って路面に横たえた探偵の頭部から伸びたロープを一方のガードレールの足に、足元から伸びたロープをもう一方のガードレールの足に結んで固定している通郎と博之の懸命な作業ぶりが写っていた。
「これはずいぶんひどいことをしているようですが、なぜこんなことをしたんですか」
博之は悪い夢の中にいるようにしかおもえなかった。
「ちょっと、これを聞いてください」
スーツの男が画面のアイコンをクリックすると、音声が流れた。
「……アノ人、ドウスンノ?……ドウモシナイサ……マサカ……マサカッテ、ナンダヨ?……殺スンジャ……バカナコトイウナヨ……ダケド、ソレ以外ニ方法ガアルカ?……チョット、兄貴、ナンデソウナルンダヨ? 話ガ違ウジャナイカ。タイヤヲ運ビダスダケノ約束ダッタダロ?……俺モソノツモリダッタサ。ダケド、警察ニ話サレタラドウナルヨ?……」
『豹陣』終わり