烏賊がな
-中里探偵事務所-
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場面44
たとえば、なんどもそういう機会があって信用のおける人間だということがわかっていても、つぎの機会には、まるで知らない相手であるかのように、いや、もっと正しい言いかたをしますと、まるでならず者かなんかのように、信用しないのです。わたしは、彼のやりかたが正しいとおもいます。役人たる者は、こういうふうにやっていかなくてはならないものなのです。カフカ
『城』
山脇巡査長がパソコンの画面に見入っていると、携帯に着信が入った。田部井譲からだった。
「山脇刑事、今、一、二分お時間がありますか」
たいがいの人が「一、二分お時間がありますか」と言うときは、少なくとも五分から十分は時間を取る。仕事が詰まっていた山脇は、「いやだな」と思った。思っただけでなく、「はい」と答えた声にまでそれが影響した。ところが、譲の話は本当に一分で終わった。詳細をメールで確認のうえ、返信してほしいということだった。「失礼いたします」と言って譲が電話を切ったとき、山脇はせめてあと五分ぐらい、直接説明してほしいと思った。
山脇は、今抱えている仕事を一時保留し、早速、メールを確認した。
メールでは、優果の調査の進捗状況と譲の考察が箇条書きになっていた。また、今後の行動指針について山脇に意見を求めたうえ、ある協力を依頼していた。
それは次のようなものだった。
○鴻上のパソコンから入手したインターネット上の閲覧履歴に載っていたリサイクルショップには疑問点がある。
○リサイクルショップは、栃木県佐野市にある「オールドマーケット」である。
○「オールドマーケット」の最も疑わしいところは、「いらなくなったものは何でも引き取ります。困っていることがあればどんな仕事でも引き受けます。」という宣伝文句である。
○弊社の調査員である大塚優果は、「オールドマーケット」に探りを入れたいと提案している。
○それについては、弊社の所長である私(わたくし)こと中里守も同意見であるが、山脇刑事はどう思われるか。