ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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場面51

仕事にとって重要なのは、仕事を邪魔してくれる要素だ
多和田葉子
『言葉と歩く日記』

 やかんがぐらぐらと音を立てた。鴻上が近寄って火を止めた。ドリッパーに湯をそそぐ。とたんに研究室いっぱいにコーヒーの香りが満ちあふれる。
 研究室の中には二人しかいない。
 優果はパソコンのキーボードを一心不乱にたたいている。
 鴻上は慎重に最後までドリップする。
 電話が鳴る。
 カップにコーヒーをついでいた鴻上が受話器を取る。
「はい、鴻上です。……警察? わかりました。すぐに行きます」
 鴻上はまたコーヒーをついだ。優果のカップを学生用のノートパソコンの前に座っている優果の前に置くと、鴻上は言った。
「神戸警察署の警察官が、亡くなったゼミ生について話を聞きたいといってやってきたから、少し事務部に行ってくるよ」
「亡くなったゼミ生?」
「うん。数ヶ月前に車にはねられたんだ。事故なのか殺人なのかまだ特定されていないんだ。それで担当教官の僕に事情を聞くんだよ。まあ、最近は全然来なかったけれどね」
 鴻上はまだ熱いコーヒーを一口すすり、また優果に一言言って、研究室から出て行った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月