世界の街角から
(インド編)

インド旅行
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18

 どぶ。土がむきだしになった狭い道。隣の家の兄弟。おませな近所の女の子。いっせいに走りまわったりもつれ合ったりしている子どもたち。このような光景を現在の日本で目にすることができるだろうか。人家の周りは舗装されているし、子どもたちは塾や部活で忙しい。アグラには昔の日本人が持っていた時間がまだ失われずに流れている。
 FATEHABAD通りが見えた。ムガール・シェラトンはこの通りに面している。私たちが歩いてきた路地の上に陸橋が渡されていた。そこに上がるために、石を二、三置いてつくった簡素な橋を跨いでどぶ川を越えた。なぜか知らないが、真中に石を置いていないのがおかしかった。FATEHABAD通りに上がったら、妙にうれしくて浮き足だった。
 子どもがひとりついてきた。ホテルを案内するつもりらしい。チップ目当てだろうと思った。ついにムガール・シェラトンの門に着いた。ちょっと満足感に浸った。子どもを入れて写真を撮った。その子がなにかしきりに手首を見せている。金属製の飾り気のない腕輪であった。買ってほしいのだろうと思い、首尾よくホテルに着いて気が大きくなっていたせいもあるが、
「とてもいいねえ」
と言って、購買欲を示してみた。しかし、その子は手首に付けたものをはずしたりはめたりしていじくっているばかりで、ジャイプールにいた象人形売りの子どもたちみたいに、商談を持ちかける様子がいっこうに見られない。
 別にほしいものではなかったので、彼がお目当にしているはずのチップだけ渡して門の中に入ろうとした。ところがその子は予期しない反応を示した。2ルピー札を受け取りはするのだが、妙にとまどった顔をしている。それでもルピー札を返したりするわけではないから、うれしくないわけではなさそうだが。
 もしかしたら、あの子は、ほんとうに好意から、私たちの道案内をしてくれたのかもしれない。
 ホテルのディナーは珍しくビュッフェではなかった。時間が早いせいか、私たちふたりしかいなかった。さすがタージマハルのお膝元、レストラン内の照明を落してムードよくしてくれた。しかも、バンドが生演奏をして、さらにムードを盛りあげてくれる。
 日本からやってきたわれわれのためにグループサウンズを演奏してくれた。たぶんタイガースかスパイダースだったのではないかと思う。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(インド編)
◆ 執筆年 2013年1月24日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2011年4月から2013年1月まで連載した紀行文