世界の街角から
(インド編)

17
私の口からはでまかせの英語しか出てこなかった。
「THAT BOY.4RUPPIES.」
それしか頭に浮かばなかったので、汗をかきながら、ずっと繰り返していると、幸いなことに店主はそのうちに了解してくれた。そして、あのおいしそうなピンク色の袋を手渡してくれた。
なんと石鹸だった。きっと、母親に使いに出されたのだ。
妻に思いっきり笑われてしまった。「食べてみれば」とまでは言われなかったが。
狭い土の道が曲がりくねって、その両側に商店や人家が隙間なくへばり付いている。歩いていると黒い牛がのっそりと近付いてきて、私たちはそれをよけなければならなかった。側溝の濁った水の中で犬が気持ちよさそうに寝ている。子どもたちが裸足で走りまわっている。おじいさんが、庭とも道とも区別されていない自宅前の地面に寝椅子を置き、上半身裸で寝そべっている。ある商人はリヤカーを転がし、果物の切り売りをしている。またある商人は、腕に付ける装飾品を売っている。人家も多いが店を構えた家も多い。蝿が信じられないほどたくさん飛んでいる。菓子屋の店先に並んでいる大きいプラスチック容器の底に、白い菓子がへばり付くように少量残っていて、それ以外の空間はすべて蝿で占められているという、すさまじい光景もあった。だれかあの菓子を買う者がいるのだろうか。売っているからにはきっと買う者がいるのだろうが、私は食べたくないぞ。試食してもいいと勧められても、断じて誘いに乗らないことにしようと、私は決心した。
ずいぶんと非衛生的に見えるが、もしかしたら我々とはまた違う尺度で清潔を保っているのかもしれない。私はさっきの子どものことを想像した。
小さな石の家の中で、子どもが大事に握り締めて買って帰ったピンクのビニールの包みを破って、手を洗い、顔を洗い、
「ああ、さっぱりしたわね」
と言って、少し角のとれた清々しい匂いのするあの石鹸を、水道の横の煉瓦の上に大事そうに置く、彼の母親の姿が目に浮かぶ。
どこかの小さな女の子がリヤカーを引っ張っている商人から、果物の切り身を1ルピーコインで買っていた。妻は別の商人から、鮮やかな色のブレスレットを1ルピーコインで買っていた。
町の人たちは、観光客相手の商人などとは違う、ごく普通の生活者の顔をしていた。追従も恩着せがましさもなかった。湿って固まった布団が日差しに暖められていくうちにふんわりほぐれて弾力を取りもどしていくように、初めての海外旅行で絶えず緊張している私の心は、人々の純朴さにあてられて、ぬくぬくと膨らんでいき、しまいに肺や喉を圧迫し、私をむせかえらせた。
子どもたちがとても無邪気だ。私たちの顔を見ると、寄ってきたり話しかけたりする。だが、なんとなくおっかなびっくりである。私たちが昔遊んだ路地裏を、ふと思い出した。
「THAT BOY.4RUPPIES.」
それしか頭に浮かばなかったので、汗をかきながら、ずっと繰り返していると、幸いなことに店主はそのうちに了解してくれた。そして、あのおいしそうなピンク色の袋を手渡してくれた。
なんと石鹸だった。きっと、母親に使いに出されたのだ。
妻に思いっきり笑われてしまった。「食べてみれば」とまでは言われなかったが。
狭い土の道が曲がりくねって、その両側に商店や人家が隙間なくへばり付いている。歩いていると黒い牛がのっそりと近付いてきて、私たちはそれをよけなければならなかった。側溝の濁った水の中で犬が気持ちよさそうに寝ている。子どもたちが裸足で走りまわっている。おじいさんが、庭とも道とも区別されていない自宅前の地面に寝椅子を置き、上半身裸で寝そべっている。ある商人はリヤカーを転がし、果物の切り売りをしている。またある商人は、腕に付ける装飾品を売っている。人家も多いが店を構えた家も多い。蝿が信じられないほどたくさん飛んでいる。菓子屋の店先に並んでいる大きいプラスチック容器の底に、白い菓子がへばり付くように少量残っていて、それ以外の空間はすべて蝿で占められているという、すさまじい光景もあった。だれかあの菓子を買う者がいるのだろうか。売っているからにはきっと買う者がいるのだろうが、私は食べたくないぞ。試食してもいいと勧められても、断じて誘いに乗らないことにしようと、私は決心した。
ずいぶんと非衛生的に見えるが、もしかしたら我々とはまた違う尺度で清潔を保っているのかもしれない。私はさっきの子どものことを想像した。
小さな石の家の中で、子どもが大事に握り締めて買って帰ったピンクのビニールの包みを破って、手を洗い、顔を洗い、
「ああ、さっぱりしたわね」
と言って、少し角のとれた清々しい匂いのするあの石鹸を、水道の横の煉瓦の上に大事そうに置く、彼の母親の姿が目に浮かぶ。
どこかの小さな女の子がリヤカーを引っ張っている商人から、果物の切り身を1ルピーコインで買っていた。妻は別の商人から、鮮やかな色のブレスレットを1ルピーコインで買っていた。
町の人たちは、観光客相手の商人などとは違う、ごく普通の生活者の顔をしていた。追従も恩着せがましさもなかった。湿って固まった布団が日差しに暖められていくうちにふんわりほぐれて弾力を取りもどしていくように、初めての海外旅行で絶えず緊張している私の心は、人々の純朴さにあてられて、ぬくぬくと膨らんでいき、しまいに肺や喉を圧迫し、私をむせかえらせた。
子どもたちがとても無邪気だ。私たちの顔を見ると、寄ってきたり話しかけたりする。だが、なんとなくおっかなびっくりである。私たちが昔遊んだ路地裏を、ふと思い出した。