All You Need Is Book(本こそすべて)

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  『正義と微笑』太宰治

 太宰治というと『人間失格』、『斜陽』などに描かれる、失意、頽廃、卑下、絶望、苦悩、不倫、自滅などといった、暗く憂鬱なイメージがつきまとうかもしれない。しかし、太宰は、明るく、前向きで、教訓に満ち、読む人に生きる力を与えてくれる作品群や、語り口が軽妙で、楽しい気分になり、落語のように滑稽で、腹の皮がよじれてしまう、『人間失格』のイメージしか知らない人には思いも寄らないような笑話群を、無数に有している。
 笑わずには読めない、あるいは、思わず微笑んでしまうような温かい、愛すべき作品たちを、わたしが知っている限りで列挙してみるので、是非読んでみてほしい。
『畜犬談』『竹青』『瘤取り』『カチカチ山』『親友交歓』『ロマネスク』『リイズ』『黄村先生言行録』『花吹雪』『不審庵』『清貧譚』『貧の意地』『裸川』『黄金風景』
 『ロマネスク』の登場人物は何度読んでもおかしい。極秘に入手した幻術の手引き書で、当代随一の容貌に変身したのはいいが、それが平安時代の本だったので、福々しい顔に変わってしまい、困った末、旅に出る男の話などなど。
 太宰は人から日記を借りて創作することが多かった。太田静子の日記が『斜陽』、木村庄助の日記が『パンドラの匣』、そして『正義と微笑』は、東宝に所属した俳優の堤康久の日記、といった具合である。
 一高を落ちて、立教大学に入学したが、どうしても役者になりたくて、おっかない演劇の大先生の家を訪問し指南を受け、とうとう劇団の試験を受けにいった。あっけなく合格して迷いはじめる。劇団を信用できなかったのである。再び大先生の家を訪問すると、別の劇団を勧められるが、そこは狭き門である。志願者が六百人も集まった試験会場に入り、彼は驚く。
 このあとは、実際に読んでみてほしい。
 太宰は、数多くの名言を残しており、自分の人生を顧みず、あえて受難を引き受けるような生き方も、キリストに重なって見えるのは不思議なことだ。「先覚者というものは、ただ口で立派な教えを説いているばかりではない。直接、民衆の生活を助けてやっている。いや、ほとんど民衆の生活の現実的な手助けばかりだと言っていいかも知れない。そうしてその手助けの合間合間に、説教をするのだ。はじめから終りまで説教ばかりでは、どんなに立派な説教でも、民衆は附(つ)きしたがわぬものらしい」「幸福の便りというものは、待っている時には、決して来ないものだ」破滅的な生き方をしていた太宰が今でも愛読されるのもわかる気がする。
 この作品を今回選んだのは、前向きに生きる若者を描いた作品を読む方が、退廃的で破滅的な『人間失格』や『斜陽』などの作品よりも、高校生には向いていると思ったからである。この作品の主人公は、昔の中学生、つまり、今で言えば高校生と同じ年代で、勉強に苦しみ、将来に不安を感じ、毎日、感激したり、落ちこんだりを繰り返し、多感で夢多く、一生懸命生きている。高校生が読んで、この主人公に共感を覚える部分は多いだろう。(2012/2/10)
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 All You Need Is Book(本こそすべて)
◆ 執筆年 2010年10月15日~