めまい

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 私はだんだんあせってきている。嵐で荒れ狂う大河の真ん中の中州のようなところでいつまでも立ちすくんでいたら、そのうち取り返しのつかない事件が起こるのではないだろうか。コースを外れた丸太棒の一つが激突しないとは言い切れない。次に来るか、次に来るか、頭の中でそれだけを念仏のように唱えている。
 グゴウといっては私の車を揺さぶる車が通り過ぎる度に、衝突の時のめまいを想像して、ひとり体を縮ませていた。めちゃくちゃにねじまがった鉄の板が私の頭を押しつぶす時を脳裏に浮かべてめまいを感じていた。きっと、そのときは脳の上皮がミカンの皮のようにべりべりむかれて、一瞬のうちに、なにもかも全ての思考が裏返ってしまうのだろう。それを考えたら、とたんに舌の表面がざらざらと乾いて、朝起きたばっかりのときのような変な味がした。
 そういえば今気が付いたけれども、前から来る車の中にいる人の顔は、妙に目がつり上がっていて、そのうえ変に大きな黒いひふをしている。それがどの車に乗っている人の顔もみなそうなのだ。本当に信じられないことだが、前からやって来る車のどれもこれも、なんだか、たった今通り過ぎたばかりの何台かの車のどれかに、ことごとく似ているような気がしてならないのだが。
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めまい

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 めまい
◆ 執筆年 1991年6月19日