お得な話

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 葱を切って、醤油と砂糖の容器を人造大理石のキッチンカウンターに置いた。鉄鍋を熱して油をひいた。烏も悪くないが、やっぱりすき焼きは猫に限る。ペロリと猫みたいに舌なめずりした。
 ビニール袋をガサゴソさせて肉の包みを取り出した。必要以上にガサゴソするような気がする。肉の包みの感触が妙だった。開けてみたら大変なことになっていた。霜降りの肉の新陳代謝が急速に進んで、様々な体の器官が形成しかかっていた。わずか二百gだが、それなりに心臓や胃や腸などがそろっているようだった。毛皮もしっぽも耳なども形を作り始めていた。それだけではない。時折小さな口を開いて、「NAAA」などという声を発している。もしや、車の中のか細い声はこれだったのではあるまいか。
 私は迅速に白滝を切り、春菊を指先でちぎった。とにかくやっちゃおう。包みを手のひらに載せて、菜箸でつまんだとたん、うっすら生えかかり始めた胴体の白い毛の感触がするりと消え失せた。二百gの猫は鼠のように走りまわった。
 
 月日が過ぎて、猫は二kgになった。十倍ももうかったらしい。ちなみに先月の食費(正確には食費と餌費)は例年の約一、三倍に膨れ上がった。卸してすき焼きにしようと思って、これまでに三度野菜を買いそろえたが、いざとなるといとおしさが邪魔して、三度野菜だけのすき焼きを猫とつっついた。最初から数えるなら四度目ということになる。
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肉なしすきやき

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 お得な話
◆ 執筆年 2015年10月28日