温泉街のエスカレーター

prev

1

 どこか下の方からにぎやかな声が聞こえきたので、私は誘われるようにして歩き始めた。
 私は温泉街の旅館の大浴場にいた。
 脱衣場がそのままフードコートのような広いスペースにつながっていて、私と同様に何人もの浴客がそちらへ向かうわずかな階段をふらふら降りていった。誰もがタオル一つか丸裸でビールを飲んだり、焼きそばを食べたりしていた。昔の銭湯のことを思い出した。小さい頃によく行った銭湯では、番台のおばさんを意識せず、コーヒー牛乳を飲んだり、ほてった体に扇風機の風を当てたりしたものだ。
 軽食スタンドがあった。
 焼きそば、たこ焼き、ソフトクリーム、各種ソフトドリンク、各種アルコールを売るおばさんがいた。そこに三人の男が並んでいた。二人はタオルを腰に巻いていた。一人は丸裸だった。私はその列についた。私はタオルを腰に巻いていた。
「お次の方は何になさいますか」
「焼きそばとビール」
 軽食スタンドのおばさんの声が思ったより若かった。私の順番が一つ繰り上がった。
「お次の方は何になさいますか」
「コーラとたこ焼き」
 軽食スタンドのおばさんの顔がだんだん近づいた。おばさんではなかった。かわいいおねえさんだった。
「お次の方は何になさいますか」
 お次の方は丸裸だった。おねえさんはそんなことは全く意に介していないようだった。
「ソフトクリーム」
 私の番が回ってきた。
「お次の方は何になさいますか」
「ラーメンはありませんか」
「すみません、ラーメンはやってないんですよね」
 私は一瞬考えた。焼きそばもたこ焼きも食べたくなかった。うしろにはすでに丸裸の男が二人とタオルを腰に巻いた男が一人並んでいた。私は即座に考えを決めた。
「ビール」
next
エスカレーター

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 温泉街のエスカレーター
◆ 執筆年 2017年