シダ

妖精
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 うん、いいよ、と答えまた僕は自分の考えの中に入り込んでしまう。一体何なんだろうと思うのだ。僕はそういえばずっと考え通しだったんだ。小さい頃から何かを空想し続けている。それは僕にとってどんな意味を持つ行為なんだろう。
 ねえ、聞いてる、とまた現実に引き戻された。
 「レモンとコーヒーとブルーベリーとスイカ、どれがいい?」
 「コーヒー、飲みたいな」
 「ちがう! 何を植えたらいいか、相談しているの」
 「ああ、何でもいいよ。あ。じゃあ、もう一回、ちょっと言ってみてくれる?」
 彼女は、静かに、そしてうれしそうに繰り返した。
 ブルーベリーがいいな。
 ブルーベリーというとちょっとした話があるのだ。それは……。

 彼女は、ブルーベリーの妖精なのだ。
 あるよく晴れた日に――こんなふうに書くと物語じみてくるが、――その日は本当によく晴れていた。
 ドア・チャイムが鳴って、インターホーンに出ると、あの、メールで予約した、ブルーベリーの妖精というものですが、作家のコークさんご在宅ですか、と言うのだ。
 僕は、はっきり言って関わりになるのはやめようと思った。
 人を訪ねるときは本名があれば本名を名乗るべきだし、メールで予約を受けた覚えもないと丁重にお答え申し上げた。
 「ごめんなさい」
 彼女は本名を伝えたが、僕は今では思い出せない。予約を受けたのは確からしかった。
 「今度コークさんのお宅に伺いたいな。
ブルーベリーの妖精」
 「どうぞいつでも遊びにいらして下さい。
コーク」
というやりとりを訪問申請と申請受諾と考えるならばではある。それにしても、予約とは少々拡大解釈気味である。
 コミュニケーションは若干の誤差を容認しあい、成立・発展・深化していく。
 彼女への入国審査は不本意ながら済んだと見なすしかなかった。本当はあといくつかの審査項目を提示したかったけれども、僕は実際的な思考が弱いようで、考えをまとめているうちに、ドアを開けるようせがまれてしまった。何かの勧誘だったら、しっぽを出した時断って追い返せばいい。そう思って、ドアを開けた。
 かわいい女の子だった。
 僕はかわいい女の子には目がない。世の全ての男性と同じように。しかし、僕は全神経を集中して警戒態勢に入った。何しろ相手はブルーベリーの妖精なのだから。悟られないように羽の検査もした。羽はなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年