シダ

妖精
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 Dear レイコ
 お変わりありませんか。
 あれから十年経って、何もかも変わってしまったようです。君に対して何一つ優しいところを見せられなかった。今ならもっと違っていたように思います。
 三〇歳になりました。
 君は、二六歳になるんだね。
 優しいお母さんになっているのかな。
 君には、いつまでも幸せでいて欲しい。
コーク

 こんな手紙を本当にレイコに出せるわけがない。
 レイコも妖精だった。もっとも彼女は自分では妖精と名乗らなかったが。

 ブルーベリーの妖精は、その日から僕の家に居着いてしまった。天真爛漫というか、無茶というか、彼女は恥ずかしいという感情がまるでないようだった。
 僕がシャワーを浴びていると突然浴室に入ってきてしまったのだ。僕はそれを咎めた。
 「あら、いいじゃない。背中洗ってあげるわよ」
 僕はこういう場合に言わなければならないことは何か懸命に考えていた。しかし、頭が混乱していて何も言うことができなかった。
 その夜、僕はブルーベリーの妖精と寝ることになった。そして、彼女がなぜ妖精なのか知ることになった。
 「珍しい体質なんだって」
 ブルーベリーの妖精は、僕の肩に頭を乗せながら言った。
 彼女は子を産むことができなかった。異性と愛し合うこともできなかった。
 子孫を残せなければ恋もできない。
 だから妖精なのだ。
 「絶滅の兆候なの。環境が悪いから」
 ブルーベリーの妖精は、それが何か楽しい合言葉でもあるかのように言った。
 「コーク、自転車に乗らなくちゃだめよ。それと木を育てて。小説に書いて訴えなさい。女の子と夜を過ごしても欲求不満が募るばかりだって」

 レイコと過ごした一年は思春期の夢の延長だった。とにかく女の子というものを知りたかった。それだけのために、時には外聞を捨て、時には横柄になり、時には狡猾になった。
 それに対して、レイコはあまりにも真剣だった。僕はともすれば窮屈を感じた。逃げ出したいとも思った。ドライブをして、谷に架かった橋に車を止めて、二人で流れを見ながら、一瞬間だけでも恐ろしいことが頭をよぎって、そのために自己嫌悪に陥った。そのくせ、レイコの心が自分から離れないよう、平気で嘘をついた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年