シダ

妖精
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 「愛情って?」
 「一緒にいたいという気持ちさ」
 コミネは黙りこくる。あなたの相手をしないと夫や村の人にうるさく言われるから、布団の中に入れてと言う。なおも断ると寒くてどうかしそうだからと言って強引に入ってくる。
 不思議な人、と言う。
 そういう夜が続く。
 コミネとトキオの間に何事もない日は短かい。
 トキオにとって大事件だ。それは、マチコ以外の女をはじめて知ることだから。
 一方、コミネにとっては単に生命の営みに過ぎない。食べたり、寝たりすることと同一レベルである。生きて子孫を残すために必要なこと。
 彼女は、生きることと子どもたちを大きくすることで精一杯である。それだけのために生きている。多かれ少なかれ村人たちはそのように生きている。楽しむ余裕などない。自然の中で生きていくというのはそのぐらい厳しいことなのだ。
 彼らは、好んでこの生活を求めた人たちだ。文明を逃れてやってきた人々である。車、電話、コンピューター、ファースト・フード、プラスチック、宅急便、農薬、医療、近代国家など、少なくともトキオにとっては、それなしでは生活の成り立たないものたちをなげうって山奥に入った人たちである。
 一度文明を味わった人が文明なしの生活をするためには、相当ストイックにならないといけない。ふとしたはずみで文明の甘美さを懐かしんでしまうと困ったことになりかねない。男女が互いを独占しないのもそれを怖れるためなのだそうだ。でも、そのことは何度説明を聞いてもトキオには理解できない。個人主義を予防しようということなのかなと少しだけ思う。実際、生活は過酷で、生まれた子どもたちはどんどん死んでいく。村は小さい。村人全部の子どもだと思って大切に育てなければ、立ち行かなくなってしまうし、そのためにも生命を宿せるだけ宿す必要があるわけだと、そのことはトキオにもわかる。
 村人たちは、文明の国からやってきたトキオを取り籠めてしまおうと考えているようだ。
 道を歩いていて、村人に出会うと必ず言われる。
 「リョウタのところは居心地がいいか」
 「ええ、とてもよくしてくれます」
 「今度私のところへも寄っていきなさい。好きなだけ泊まっていいよ」
 「ありがとう。そのうちに伺います」
 「是非頼むよ」
 出会う人みんなに同じことを言われる。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年