シダ

妖精
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7

 しかし、トキオは誰の家にも行かない。
 トキオは、コミネに愛情を持ってしまっている。リョウタがコミネを思う気持ちより強いだろう。コミネがリョウタを思う気持ちより強いだろう。そして、当然のことだが、コミネがトキオを思う気持ちより強いだろう。
 コミネもトキオに愛情を持ち始めた。この村ではタブーである。男女が一夜過ごすのは、空気を吸うほどの意味しか持たないが、男女が相手に感情を持つことは熊を発見した程の騒ぎをもたらす。
 トキオは他の家に泊まりに行かなければ恐ろしい疑惑を抱かれる程に追いつめられてしまう。
 トキオはコミネと相談する。
 「二人で暮らしたいって公表して、認めてもらうことはできないかな」
 コミネは、急速に氷で作った人形のような表情になる。そして、ブルンブルンと本当に音を立てて、大きくかぶりを振る。トキオはすごく驚く。そして、コミネの表情の奥にある恐怖がいかに大きいものであるかを明瞭に知る。
 「わかった、コミ。それはやめよう」
 それじゃあ、逃げようと言おうとしてやめる。コミネが激しく興奮しているのに気付いたからだ。平静さを取り戻させることが先決だと思う。
 コミという愛称は、はじめのうちはコミネをとまどわせる。愛称禁止法が制定されているからだ。といってもこの村には法律がないから、暗黙の掟のようなものだが。
 「コミ。心配しなくていい。僕はだめだとわかりきっていることはしないから」
 少しずつコミネは落ち着いてくる。トキオはコミネの爪をいつまでも指の腹でなでる。
 「トキオ。私はいつもトキオと一緒にいたい。これが、愛情ね。私はトキオを愛しているみたい」
 トキオは、コミネを強く抱きしめる。

 僕は文明の勝利を書こうとしたわけではない。個人主義を書こうとしたわけでもない。
 トキオは結局コミネと村を脱出して、都会に戻る。トキオはマチコを忘れることはできない。コミネは、トキオがマチコのもとへも行くことに不快を持たない。示さないのではなくて持たないのだ。むしろトキオの方がこだわってしまう。
 マチコはトキオがいない間にユウジに気持ちが寄っている。
 トキオはコミネとマチコを一遍に愛している。ところが、コミネはトキオだけを、マチコも一応はトキオだけを愛している。
 マチコとユウジはまだぼんやりとした間柄に過ぎない。
 トキオはこういう状況を不公平だと考える。そして、不公平を是正するためには、トキオがマチコとコミネを愛するように、自分以外の三人も二人の異性を一遍に愛するしかないと思う。そのような関係ができれば、完璧な四人関係が形成されるのではないかと思う。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年