シダ

妖精
prev

11

 彼女は本当に胡散臭いところがあるのだ。
 「コーク、それおいしいでしょ。上トロよ」
 「どうしたの。高かったんじゃない?」
 僕は、上トロなんてスーパーで見かけても勇気が出なくて買えない。もうちょっと倹約してくれよという意味を含めていったつもりだった。
 「そんなことないよ。店員が近くにいなかったから」
 僕は危うくみそ汁をこぼすところだった。彼女をまじまじと見た。無邪気な表情だった。僕が驚いたので、まずいという目をして、そのあと、無理に冗談にまんまとひっかかったなという顔を作っているようだった。
 「うそよ。馬鹿ねえ、本気にして」
 いかにも空々しいセリフだった。
 僕は、努めて調子を合わせるように、ハハハハと笑った。 僕は、社会的な生活は人一倍苦手だった。しかし、社会の便利さに恩恵を感じてもいた。
 社会が嫌なら遠い村に住む方法もあるかもしれないが、僕はそうしない。車をやめて自転車で出かけたり、畑を耕したりということだったら、まかり間違えば僕もするかもしれないが、日本という社会以外に生活を求めたり、自分の理想とする社会を作る努力をしたりということは決してないだろう。それでいて、やはり僕にとってこの社会で生活するということは憂鬱なことなのだ。それでも、ブルーベリーの妖精ほどじゃない。彼女は、僕ほどの社会感覚も持ち合わせていない。
 僕は、通帳やクレジットカードや家の権利書や保険の証券などを彼女の手の触れない場所にしまった。生活費は必要な分だけ僕と彼女の財布に分け入れた。
 彼女はすぐにお金をせがんだ。そして、少しずつ彼女の高価な財産が殖えていった。
 僕は預金を下ろさなければやっていけなくなった。こんなことは彼女が来るまでは考えられなかった。
 僕は遂に彼女をつかまえて言った。
 「君は、どうしてこう次々にいろいろなものを買って来るんだ」
 彼女はきょとんとした。
 「どれのこと」
 「あのテーブル、この服、その靴、化粧品、その他いろいろだ」
 「だって、ないと困るから」
 「それはわかるが、こう次々に買われちゃ、僕の貯金はなくなってしまう」
 「だって、コークは小説家じゃない?」
 やっぱりわかっていないのだ。僕は実際のところ生活を成り立たせるほど作家としての仕事をしていないし、本業が忙しいから、書く時間だってほとんどないのだ。彼女は長く一緒に暮らしていても少しもそのことに気がつかなかったらしい。僕が朝早く起きて、夕方に帰って来るのは、取材かスケッチにでもいっていると思ったのだろうか。きっとそうだろう。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年