シダ

妖精
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 それでも、冷静に話してみたら、彼女は分かってくれた。
 「それじゃあ、コークは会社員なのね。それでお金持ちじゃないんだ」
 「それで金持ちじゃないっていうのは変だよ。これが普通の人の生活だよ」
 「だって、小説家だったらお金持ちなんでしょ。芸術家だから」
 「いや、そういうわけでもないよ。僕は小説家の生活も芸術家の生活も知らないけど、必ずしも金持ちとは限らないんじゃないかな」
 「ふーん、そういうものなの?」
 「多分ね」
 「とにかくわかったわ。ぽんぽん買っちゃいけないのね。気を付けるわ」
 しかし、彼女は少しも分かっていなかったのだ。買わなければいいと思っていたらしい。
 お金をせびらなくなって三週間経って、やっとこれはおかしいと思った。僕はいつも気付くのが遅い。やっぱり想像した通りだった。店から持ってきてしまうのだ。
 「君はいくつになったんだ」
 僕は思いっきり怒鳴った。
 彼女は、何か大変なことをしてしまったというよりも、僕がすごく怒っているから何か言わなければという表情をした。
 「二〇歳。二五歳。三〇歳」
 「どれだ」
 「うーん、二四歳」
 「馬鹿っ」
 彼女は僕に怒られて泣いた。僕に怒られることはとてもつらいのだという。
 社会性のない僕が社会のルールというものを教えなければならないということはとてもやりづらかった。彼女はとても素直だった。ベッドの中で体中をなでて慰めた。
 寝物語をした。
 「僕も小さい頃はわからなかった。誰でもそうなんだ。僕はコーラが好きでよく店から持ってきてしまった。よく親父に怒られたよ。殴られもした。お袋が布団の中でなでてくれた。一晩中ね。もっとも泣き疲れて寝てしまったあとはなでていなかっただろうけど、そんな気がしたんだ。
 コーラは今でも好きだよ。コーラの会社に勤めるぐらい好きだったんだ。好きなだけ飲めると思ったんだ。実際はそんなわけにはいかないよ。 
 営業をしてるんだ。厳しいよ。一生懸命回ったり、サービスをしたりしないとすぐ売り上げに響くんだ。キャンペーンで大店舗を順々に回ってると季節なんて知らないうちに変わっているよ。
 僕はよく売る方なんだ。ぱっとしたところはないけど、地道でねばり強くやっているつもりだからね。僕ぐらい用意周到にやれば当然のことだよ。すごく時間をかけて商品の勉強をしたり、プレゼンテーションの準備をしたりするんだから、報われて当然だよ。でも、あまり報われている気もしないのが実感だな。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年