シダ

16
約束を遂行するも何も、約束など本当はしていないのだが、僕はどうしてもこんなふうに言ってしまう。そして、知らないうちにいろいろなものを背負い込んでしまうのだ。
「わかった。あと一週間待つことにしよう。それはそうと、君、絶対に変な気を起こさないように気を付けて下さいよ。いいですね」
「はい」
こう言われて、こう答える以外にあるだろうか。僕はなんだかだんだん腹が立ってきた。僕が望んで彼女と暮らしているわけではないのだ。僕はもう知らんから自分で勝手にやって下さいと言いたくなった。
一週間経った。やはり、状況は何も進展しなかった。彼は約束通り電話をよこした。この時まで結局僕は取り繕うための電話を全くしていなかった。彼はますます僕たちの中を誤解した。
「君、真面目にやってくれなくては困るよ。まさか君、私を近づけないようにわざと引き延ばしているんじゃないだろうね。おかしな真似をすると、私は訴えることもできるんだよ。それから、耳に入れておこうと思うが、君の勤めている会社は私の所属する会社の系列なんだよ。覚えておき給え」
僕は努力していることを繰り返すしかなかった。あと一週間して何の進展もなかったら、君の社会的立場は苦しいものになるだろう、そうならないためには、彼女が私のもとに戻る以外の道はない。そこまで一方的にまくし立てて、彼は受話器を置いた。
僕はとても頭に来た。あまりに頭に来て、お客さんが来たのにも気付かないほどだった。だから、彼女が寝ぼけまなこでパジャマのまま応対したのにも全く気付かなかった。僕は、客が帰ったあとで、「パジャマのまま客の前に出る奴があるか」と、ひどく怒った。もちろん、電話への怒りが明らかに影響していた。
僕は、烈火の如く彼への怒りを彼女にぶつけた。
「僕はもうごめんだ。君はもう自分の家に帰るんだ!」
彼女はそう僕に怒鳴られると、とても淋しそうな顔をした。淋しそうなんてものじゃない。遂におしまいだという顔だ。
彼女は、わかった、と言うと出ていった。
僕は、しばらく、ソファーに座ってぼんやりしていたが、怒りが静まってくると、なにやらとても落ち着かない気持ちになっていった。
雨が降ってきた。すごい雨だった。
夕方までコーヒーを飲んで、本を読んだ。そして、僕は何の気なしに外へ出た。
僕はそれでも、トラブルから解放された気がして久しぶりに平安な心境だった。ブルーベリーの妖精はもう僕の家に戻って来ないだろう。そう思ったからだ。それでいて、ぽっかり穴があいた感じもした。しかし、なにはともあれ、ブルーベリーの妖精が夫のもとに戻ったのはまあ望ましいことだと思った。なんにせよ、夫婦のことだし、とにかく、僕の人生とは関わりないことなのだ。彼女とはしばらく一緒に暮らしていて、慣れた分だけちょっと寂しさも感じたが、でもそれ以上のことではないはずだった。少なくとも、自分の職を失ってまで彼女の自由を守ってやる義務はないはずだった。
そういう平安らしい気分のまま、夕暮れの雨の音と匂いに堪能しようと思って庭に回ったら、ブルーベリーの小さな木の横に彼女が雨にしとどに濡れて座っていた。何ということだと僕は思った。
「わかった。あと一週間待つことにしよう。それはそうと、君、絶対に変な気を起こさないように気を付けて下さいよ。いいですね」
「はい」
こう言われて、こう答える以外にあるだろうか。僕はなんだかだんだん腹が立ってきた。僕が望んで彼女と暮らしているわけではないのだ。僕はもう知らんから自分で勝手にやって下さいと言いたくなった。
一週間経った。やはり、状況は何も進展しなかった。彼は約束通り電話をよこした。この時まで結局僕は取り繕うための電話を全くしていなかった。彼はますます僕たちの中を誤解した。
「君、真面目にやってくれなくては困るよ。まさか君、私を近づけないようにわざと引き延ばしているんじゃないだろうね。おかしな真似をすると、私は訴えることもできるんだよ。それから、耳に入れておこうと思うが、君の勤めている会社は私の所属する会社の系列なんだよ。覚えておき給え」
僕は努力していることを繰り返すしかなかった。あと一週間して何の進展もなかったら、君の社会的立場は苦しいものになるだろう、そうならないためには、彼女が私のもとに戻る以外の道はない。そこまで一方的にまくし立てて、彼は受話器を置いた。
僕はとても頭に来た。あまりに頭に来て、お客さんが来たのにも気付かないほどだった。だから、彼女が寝ぼけまなこでパジャマのまま応対したのにも全く気付かなかった。僕は、客が帰ったあとで、「パジャマのまま客の前に出る奴があるか」と、ひどく怒った。もちろん、電話への怒りが明らかに影響していた。
僕は、烈火の如く彼への怒りを彼女にぶつけた。
「僕はもうごめんだ。君はもう自分の家に帰るんだ!」
彼女はそう僕に怒鳴られると、とても淋しそうな顔をした。淋しそうなんてものじゃない。遂におしまいだという顔だ。
彼女は、わかった、と言うと出ていった。
僕は、しばらく、ソファーに座ってぼんやりしていたが、怒りが静まってくると、なにやらとても落ち着かない気持ちになっていった。
雨が降ってきた。すごい雨だった。
夕方までコーヒーを飲んで、本を読んだ。そして、僕は何の気なしに外へ出た。
僕はそれでも、トラブルから解放された気がして久しぶりに平安な心境だった。ブルーベリーの妖精はもう僕の家に戻って来ないだろう。そう思ったからだ。それでいて、ぽっかり穴があいた感じもした。しかし、なにはともあれ、ブルーベリーの妖精が夫のもとに戻ったのはまあ望ましいことだと思った。なんにせよ、夫婦のことだし、とにかく、僕の人生とは関わりないことなのだ。彼女とはしばらく一緒に暮らしていて、慣れた分だけちょっと寂しさも感じたが、でもそれ以上のことではないはずだった。少なくとも、自分の職を失ってまで彼女の自由を守ってやる義務はないはずだった。
そういう平安らしい気分のまま、夕暮れの雨の音と匂いに堪能しようと思って庭に回ったら、ブルーベリーの小さな木の横に彼女が雨にしとどに濡れて座っていた。何ということだと僕は思った。