シダ

妖精
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18

 何日か僕は考え抜いた。三〇歳の僕のことと、夫嫌いの彼女のことである。
 そして、僕は決心した。彼女を愛そう。
 誰かにそれはずいぶん突然の決心ではないかと指摘されそうだが、こういう気持ちは突然起こるのだ。軽薄で長続きしないのではないかと心配され、どうしてそんなに簡単に決心したのか理由を説明しなさいと問いつめられても僕はうまく返答できない。しかし、確信があるのだ。言葉にできないのに確信がある。いや、きっと確信は言葉にはできないものなのだ。彼女を愛し続けられるかどうかわからない。できないかもしれない。でも、できると思う。なぜなら、できると思うと思うことができるからだ。それ以上ほとんど何も説明する必要はない。きっと。
 彼女を一生懸命看病した。彼女はよくなっていった。
 「ねえ、君がいたいだけ僕の家にいればいいよ」
 「本当!?」
 三七、五度の熱に伏していた彼女は、そう叫ぶと、突然ベッドから起きあがり、フローリングの床を回転して踊りながら歌い出した。
 僕は、無理するんじゃないといさめたが、彼女の耳には全く入らないようだった。
 彼女はシダの鉢を抱えて体を回転させながら僕に近づいた。僕は、危ないよといいながら、腕を広げておろおろしていた。彼女が僕の腕の中にシダを抱えたまま入って来た。顔が接近した。彼女は目を閉じた。息が熱かった。熱のせいだろう。その後のことはこんなところに書かない方がいいだろう。ただ、シダが照れながら――それはどうかわからないが、――見ていたとだけ付け加えておこう。
 僕は、いつの間にか彼女の首筋に光るペンダントをもてあそんでいた。彼女もペンダントに触った。
 「このペンダントが秘密なの」
 「えっ?」
 「見て、ハートのペンダント。真ん中に鍵穴があるでしょう」
 僕は、どこかで見覚えのあるペンダントだと思った。プラチナ製の。……そうだった、彼もプラチナのペンダントを付けていた。そして、それは鍵形のペンダントだった。
 「わかった。全てわかったよ。待ってな、けりをつけてくるから」
 僕は彼に電話した。彼女が話を受け入れる気持ちになったと、嘘をついた。
 彼は簡単に話に乗った。僕はお褒めの言葉さえいわれた。
 彼は喫茶店にのこのこやってきた。僕は早くから着いていた。僕は、蛙の体力を消耗させないで遠隔地に運ぶための眠り薬を持ってきていた。ウェイトレスに二人で来たことを告げた。ウェイトレスは二人分の水をテーブルに置いた。僕は蛙の眠り薬を彼のコップに入れた。
 彼が来た。やはりプラチナのネックレスを付けて来た。
 僕は途切れないように世間話をし続けた。
 彼はなかなか水を飲まなかった。
 そのうちにコーヒーが来た。
 彼はコーヒーをすすり始めた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シダ
◆ 執筆年 1998年