ローカル・コミュニケーション

3
敏行は、手にした社員一覧表で「早川文哉」という名前を確認しながら答えた。早川は給料の大半を被服費に充てるような男だった。エルメネジルド・ゼニアのスーツを完璧に着こなしていたが、なぜ年齢不相応の高価な衣服を通常業務で用いるのか、周囲のものには理解することができなかった。
「あなたとペアになるとはね。」
早川は公用車の運転席に乗り込み、ジッポーのライターでタバコに火をつけた。
フェラーリにハリウッドの女優を乗せているのならば彼のしぐさは完璧に決まったはずだが、社名の入った白いワゴン車の隣に、タバコの煙にむせかえっている黒澤を乗せているのでは全く絵にならない。
「ま、一通りのことは間違いなく教えますから、早く覚えてくださいよ。」
早川は、黒澤の方にぐっと身を乗り出した。
「言っておくけどね。松村沙於里に手を出そうなんて考えない方がいいですよ。黙ってはいないって奴が少なくないんでね。」
敏行は早川の目を少しの間見ていたが、その後外に目をやった。
彼らはその日、五社ほど営業に回った。
半導体メーカー、自動車メーカー、機械メーカーなどが主な取引先だった。
彼らはそういった会社に、非常に精密に作られた素材を供給している。しかしながら彼らの社名は消費者の目に触れるような所には一切出てこない。消費者は、トヨタとかソニーとかDOCOMOなど、名の通ったブランド名にしか関心がない。実際には、そういうブランドを支えているのは、幾多の中小メーカーの技術なのだ。いわば、現代社会の最先端のテクノロジーを目に見えない部分で支えることが、彼らの会社の使命であった。誰も恩恵を感じていないが、誰もが恩恵を被っているのだった。
敏行はそのことに対して、とても意義を感じ、誇りに思っていた。早川はその逆で、地味な仕事に携わっていることに不満を抱いていたが、少なくとも人並みには報酬を得られるということで我慢しようと考えていた。
「あなたとペアになるとはね。」
早川は公用車の運転席に乗り込み、ジッポーのライターでタバコに火をつけた。
フェラーリにハリウッドの女優を乗せているのならば彼のしぐさは完璧に決まったはずだが、社名の入った白いワゴン車の隣に、タバコの煙にむせかえっている黒澤を乗せているのでは全く絵にならない。
「ま、一通りのことは間違いなく教えますから、早く覚えてくださいよ。」
早川は、黒澤の方にぐっと身を乗り出した。
「言っておくけどね。松村沙於里に手を出そうなんて考えない方がいいですよ。黙ってはいないって奴が少なくないんでね。」
敏行は早川の目を少しの間見ていたが、その後外に目をやった。
彼らはその日、五社ほど営業に回った。
半導体メーカー、自動車メーカー、機械メーカーなどが主な取引先だった。
彼らはそういった会社に、非常に精密に作られた素材を供給している。しかしながら彼らの社名は消費者の目に触れるような所には一切出てこない。消費者は、トヨタとかソニーとかDOCOMOなど、名の通ったブランド名にしか関心がない。実際には、そういうブランドを支えているのは、幾多の中小メーカーの技術なのだ。いわば、現代社会の最先端のテクノロジーを目に見えない部分で支えることが、彼らの会社の使命であった。誰も恩恵を感じていないが、誰もが恩恵を被っているのだった。
敏行はそのことに対して、とても意義を感じ、誇りに思っていた。早川はその逆で、地味な仕事に携わっていることに不満を抱いていたが、少なくとも人並みには報酬を得られるということで我慢しようと考えていた。