ローカル・コミュニケーション

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 敏行が赴任してしばらく経ち、歓送迎会が開催された。
 駅からそれほど離れていないホテルの宴会場に支社の社員が一同に会した。
 敏行が円卓の自席でビールを飲んでいると、沙於里が話をしにきた。
「もう慣れましたか。」
 彼女はメイクのセンスも、ファッションのセンスも、抜群に良かった。敏行はそんな彼女を眺め、支社の内部で彼女をめぐる男たちの抗争が繰り広げられていても全く不思議ではないと思った。
「すっかりね。なにしろ早川さんが丁寧に教えてくれますからね。」
 沙於里は顔をしかめて、ささやいた。
「早川さんって、どう思いますか?」
 敏行は行間をも可能な限り読み取り、なるべく注意深く答えた。
「それはもう、頼りになりますよ。面倒見はいいし、それに。」
「それに?」
 沙於里は好奇心たっぷりの顔で訊ねた。
「とてもおしゃれだし。」
 二人は二秒ほど互いの顔を見つめあった。それから、おかしくてたまらないというふうに、笑い出した。
「あはははは。」
 その時、二人の間を裂くように、ビール瓶を突き出すものがあった。早川だった。今日はランバンのスーツで決めていた。
「黒澤さん、飲みなよ。」
 不機嫌そうな口調だった。敏行は礼を述べて、ビールを受けた。
「沙於里ちゃんも、ほら、飲んで飲んで。」
「ごめーん。今日は車で帰るの。」
 早川は、ウーロン茶のビンを取ってきて、沙於里に注ぎ、しばらく会話をしてから、名残惜しそうに去った。
 早川が去った後、しばらく敏行は沙於里と話をしていたが、係長が敏行にビールを注ぎに来ると、沙於里は別の席に移っていった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ローカル・コミュニケーション
◆ 執筆年 2006年