ローカル・コミュニケーション

5
会がお開きになると、敏行はさりげなく宴会場から立ち去った。ぐずぐずしていると、新顔ということできっと幹部に二次会に誘われるだろう。誰も気づかないうちに帰るのが穏当でいいと、彼は考えたのだ。
ホテルの駐車場の脇を歩いていると、声を掛けるものがいる。
「黒澤さん、駅まで歩くの?」
沙於里だった。夜風に長い髪をなびかせている。
「乗っていきませんか?」
「それは助かります。すみませんね。」
敏行が乗り込むと、沙於里はいろいろと質問した。休みの日は何をしているのかとか、結婚しているのかとか、何歳なのかとか、そういう類のことである。それは特別な興味からではなく、社交的な彼女が普段誰に対しても尋ねることだった。それに彼女は、誰かとコミュニケーションをする上で、間ができることはよくないと教わってきた。その教えを忠実に守って生きていると言っても良かった。
ところが敏行は、彼女の受けた教えには反していた。彼が質問に答えるのにはそれほどの時間を要しなかった。従って、沙於里の嫌う間がすぐ生まれる。彼女はそれを埋めようと努力する。
「黒澤さんは、どこにお住まいなんですか?」
「住吉町です。」
「なんだ、それなら私、アパートまで送ってあげますよ。」
「遠回りじゃないかい?」
「全然。私の家の帰り道ですよ。」
「じゃあ、申し訳ないけど、お言葉に甘えさせてもらうかな。」
「ええ、たいしたことじゃないですから。」
「ところで、黒澤さんの趣味って、何なんですか?」
「いやぁ、趣味と呼べるかどうか……。」
またしばらく間ができた。車のエンジン音と走行に伴う音が響く。
「うちは祖父の時代から三味線に凝っててね。父も好きだし、私も物心ついた頃には、何の違和感もなく撥を握ってましたよ。」
ホテルの駐車場の脇を歩いていると、声を掛けるものがいる。
「黒澤さん、駅まで歩くの?」
沙於里だった。夜風に長い髪をなびかせている。
「乗っていきませんか?」
「それは助かります。すみませんね。」
敏行が乗り込むと、沙於里はいろいろと質問した。休みの日は何をしているのかとか、結婚しているのかとか、何歳なのかとか、そういう類のことである。それは特別な興味からではなく、社交的な彼女が普段誰に対しても尋ねることだった。それに彼女は、誰かとコミュニケーションをする上で、間ができることはよくないと教わってきた。その教えを忠実に守って生きていると言っても良かった。
ところが敏行は、彼女の受けた教えには反していた。彼が質問に答えるのにはそれほどの時間を要しなかった。従って、沙於里の嫌う間がすぐ生まれる。彼女はそれを埋めようと努力する。
「黒澤さんは、どこにお住まいなんですか?」
「住吉町です。」
「なんだ、それなら私、アパートまで送ってあげますよ。」
「遠回りじゃないかい?」
「全然。私の家の帰り道ですよ。」
「じゃあ、申し訳ないけど、お言葉に甘えさせてもらうかな。」
「ええ、たいしたことじゃないですから。」
「ところで、黒澤さんの趣味って、何なんですか?」
「いやぁ、趣味と呼べるかどうか……。」
またしばらく間ができた。車のエンジン音と走行に伴う音が響く。
「うちは祖父の時代から三味線に凝っててね。父も好きだし、私も物心ついた頃には、何の違和感もなく撥を握ってましたよ。」