ローカル・コミュニケーション

恋人
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 彼は、こうなったら全てを正直に話すしかないと思った。
 彼は深々と頭を下げた。
「山形さん、ごめんなさい。何もかも正直に言います。僕、好きな人ができてしまったんです。会社の女の子なんだ。」
 寛子は敏行の目を真直ぐに見ていた。
「どうしてメールで言ってくださらなかったの?」
「言おうと思ったんだけど、どうしても切り出せないまま、今日になってしまったんだ。」
「いつから付き合っているの?」
「二月ほど前から。」
「なるほどね。その辺から、あなたのメールに熱がこもらなくなっていたものね。それで、なぜ今ここで唐突に話し始めたわけなの?」
 自動ドアが開き、松村沙於里と辻村加世子が店内に入り、黒澤の席でぴたっと足を止めた。
「敏行さん……。」
 黒澤は、さっと沙於里の方へ振り向いた。
「訳を話すよ。頼むから誤解しないでほしい。」
 沙於里の目から涙があふれてきた。彼女は歯を食いしばって、後ろを向いたかと思うと、そのまま外に走り出した。
 敏行は、早口で辻村加世子に支払いを頼んだ。
「ごめん。あの席の分を立て替えておいてくれないか。」
「いいわ。」
 その時、黒澤と辻村の背後から、聞き覚えのある声で話し掛けるものがいた。
「そうか、君たち付き合っていたのか。お似合いだよ。」
 早川文哉だった。
 早川は、今しがた沙於里が店を出て行ったことには気づかなかった。それで、敏行が加世子と付き合っているものだと勘違いしたのである。それと同時に、敏行が沙於里を狙う競争者ではないと思い込み、すっかり安堵した。
 早川と一緒に自動ドアから入ってきたのは、早川そっくりの若い女性だった。
 加世子は二人を見て思わず噴出してしまった。
 早川は一瞬、隣の女の方を向き、またすぐに加世子の顔を見て言った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ローカル・コミュニケーション
◆ 執筆年 2006年