カサダ

猫
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 「おぬし、これより先にわしが進むと、あれは消えてしまうだろう。だから、おぬしだけであの中に入れ。何を見ても何を聞いても、おぬしは言葉を出してはいけない。もし一言でもしゃべればおぬしはおしまいだ。警戒されるから、おぬしを守るものは何も持たせてやれない。あれは、おぬしをしゃべらせようとして、様々のことをやってみたり、言ってみたりするだろう。その時注意力が弱まる。そのすきをねらって、わしは、あれの周囲を包囲する。あれは、普通の家の娘ではないであろう?」
 「はい。神官の家の者です」
 「巫女か。それも相当力のある家柄のようだ。これで合点がいった。これほど強い気配を感じたのは初めてだ。わしの力でどうにかなるのだろうか?」
 正太郎は、僧の顔に不安がよぎったのを初めて見た。僧はしかし力強く言った。
 「やれるだけのことをしてみよう。おぬし、早く行け。もたもたしていると感づかれてしまうぞ。それから、気を強く持て。気力がすべてなのだ。空元気でいい。自分を思い込ませられるかどうかが、鍵を握っているのじゃ」
 正太郎は僧の目をしっかりと見て決心を固めた。正太郎はこれから何が起こるか予想できなかったが、いまだ経験したことのないほど恐ろしいことが待っているのは間違いないと確信した。そして、自分はもはやそこから逃げられないということもわかっていた。今、仮に逃げ出したとしても、あとで再び磯良に呼び戻されるだろう。その時には僧が助けてくれるとは限らない。磯良が呼んでいる。一度はどうしても磯良に会わないわけにはいかないようだ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日