カサダ

猫
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17

 正太郎は生家の離れに近づいていった。家の近くまで来ると様子がありありと見えた。荒れ果てていた。丈の高い草がぼうぼうに生え、それをかき分けて中に入らなければならなかった。草をかき分けていると、さっと猫が走り抜け、正太郎は驚いた。猫は正太郎の顔を見て、ニャーオウと鳴いた。磯良がかわいがっていた白い猫だった。猫は正太郎の先になって歩いた。猫が離れの庭に入り立ち止まってしきりに鳴くと、障子がすっと開いた。
 「小菊、帰ってきたのね。どうしたの? 上がりなさいな」
 磯良の細い声だった。正太郎はその優しい声に涙が出そうだった。会いたかった。駆け寄って抱きしめたかった。しかし、じっとがまんした。
 小菊はしゃがんだまま正太郎の方を向き、ニャー、ニャー鳴いた。横に牡丹が真っ赤に咲いていた。
 「どうしたの、小菊? 誰か尋ねて来たの? ちょっと、おみつ、出てちょうだい。誰かいらっしゃっているみたい」
 正太郎には聞き覚えのない女中の名だった。
 離れの入口から目もとの涼しい女が出てきた。おみつと呼ばれた女中だろう。
 「どちら様でしょうか? あいにくこちらは離れ座敷になっておりますので、私が母屋に案内いたしましょう」
 正太郎は首を強く振り、先程まで開いていた障子の方を指でさした。女中は、何かおっしゃっていただきませんと、と何度も繰り返したが、正太郎が指で障子をさすだけなので、あきらめていったん屋内に戻った。
 そしてもう一度外に出た時には、先程とは打って変わって、知らない客であるという態度を取るのをやめて、若旦那様と親しげに呼んだ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日