カサダ

18
「若旦那様。先程から若奥様がお待ちです。若奥様は、このお座敷で若旦那様が戻ってこられるのを長い間待っていたのですよ」
おみつに案内されて、正太郎は離れの玄関に入った。二人が睦まじく暮らしていた頃と変わっていなかった。廊下を進み、おみつと座敷の障子の前に立った。障子に映っている影が磯良に違いなかった。
「若奥様、若旦那様をお連れしました」
おみつが中に声をかけた。中から細い美しい声で「お入り」と言う。おみつが障子を開ける。正太郎は身体を電気が通り抜けた気がする。磯良が座っている。背をこちらに向けている。もともと細い女だが、ますます細くなっていた。正太郎は磯良をとてもいとおしく思う。思わず名を呼ぼうとしたが、僧の言葉を思い出し、がまんする。
「あなたこちらへ」
磯良が情のこもった声で正太郎を呼ぶ。正太郎は少しずつ磯良に近づく。おみつは障子を閉めて自室に下がる。
背を向けている磯良に、おそるおそる正太郎は近寄った。その時磯良が振り返った。穏やかに笑って、両腕を広げ、正太郎を待ち構えた。しかし正太郎は磯良を抱きしめなかった。磯良はさみしそうな表情になった。
「どうしたの? なぜ私に触れてくれないの? 私はあなたの帰りをこうしてずっと待っていたのに。あなたに会えることだけを毎日生きていく張り合いにして、こうして待っていたのに。それなのに、どうしてあなたは私を抱いてくれないの。あなた、答えてください。どうして私の手にあなたの手を合わせてくれないの。あなたは私を思い出して戻ってくれたのではないの? あなた何か答えて。どうしたの? あなた何でそんなおかしな顔で見るの? 私の顔に何かついているかしら?」
おみつに案内されて、正太郎は離れの玄関に入った。二人が睦まじく暮らしていた頃と変わっていなかった。廊下を進み、おみつと座敷の障子の前に立った。障子に映っている影が磯良に違いなかった。
「若奥様、若旦那様をお連れしました」
おみつが中に声をかけた。中から細い美しい声で「お入り」と言う。おみつが障子を開ける。正太郎は身体を電気が通り抜けた気がする。磯良が座っている。背をこちらに向けている。もともと細い女だが、ますます細くなっていた。正太郎は磯良をとてもいとおしく思う。思わず名を呼ぼうとしたが、僧の言葉を思い出し、がまんする。
「あなたこちらへ」
磯良が情のこもった声で正太郎を呼ぶ。正太郎は少しずつ磯良に近づく。おみつは障子を閉めて自室に下がる。
背を向けている磯良に、おそるおそる正太郎は近寄った。その時磯良が振り返った。穏やかに笑って、両腕を広げ、正太郎を待ち構えた。しかし正太郎は磯良を抱きしめなかった。磯良はさみしそうな表情になった。
「どうしたの? なぜ私に触れてくれないの? 私はあなたの帰りをこうしてずっと待っていたのに。あなたに会えることだけを毎日生きていく張り合いにして、こうして待っていたのに。それなのに、どうしてあなたは私を抱いてくれないの。あなた、答えてください。どうして私の手にあなたの手を合わせてくれないの。あなたは私を思い出して戻ってくれたのではないの? あなた何か答えて。どうしたの? あなた何でそんなおかしな顔で見るの? 私の顔に何かついているかしら?」