カサダ

猫
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19

 磯良は両手で自分の顔をなで回した。すると、若々しい肌が徐々に張りを失い、干物のように干乾びていった。堅くこちこちに肉しぼみ、目が落ち、髪が抜けた。干乾びた両腕をつきだして磯良は、こっちへ来てと言った。
 正太郎は腰を抜かし、その場にしゃがみこんだ。ぶるぶる震えながら後ずさりした。障子を開けようとすると、障子がすっと開いた。そこに、同じように干乾びたおみつが立っていた。正太郎は干乾びた二人の女にはさまれて、今度こそ声をあげそうになった。しかし、それをぐっとこらえた。二人の女が同時に正太郎の体に触れた。正太郎はついに気を失った。
 気がつくと、明け方だった。気持ちのいい朝だった。床の中で寝かされていた。隣に磯良の床が並べられている。そちらを見ると、磯良が起きて話しかけた。元の美しい磯良に戻っていた。
 「あなた、大丈夫?」優しい声だった。「昨夜お帰りになって、座敷に入ったかと思うとすぐに寝込んでしまったのよ。よっぽどお疲れだったのね。あなた、ひどくうなされていたわ。そして、ずいぶんはっきりした寝言を言ってたのよ」
 正太郎はその話に興味を示した。磯良を見て、じっと聞いている。
 「妙な僧侶におどされている、ということを言ってたわ。旅先で出会って以来、不吉なことばかり聞かされて気が重くなった、と言ってたのよ。あなたは、最近この郷で不審な僧侶が出没しているのを知らないでしょう?」
 磯良の表情があまりに穏やかで、心を包み込むように問いかけるので、正太郎は思わずうなずいた。
 「旅人の不安をあおって、味方をよそおって、油断した相手から金品を奪い取るの。とても巧妙なんですって。身なりは質素で、脱俗してすっかり悟り切った表情で、一種の敬意を感じさせる賊だって。必ず相手に約束させることがあるのよ。知ってて?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 カサダ
◆ 執筆年 2001年7月8日