カサダ

26
ところが意外にも正太郎がそれを承知しなかった。自分は二度と奥を持たない。磯良一人を心に思って生きていくつもりだと言う。正太郎の決意は固く説得にあたった両親も長時間話し続けて疲れきってしまった。正太郎は茶が飲みたくなったと言い出した。そこでおみつが何気なしに、磯良が愛用していた茶釜に水を入れて沸かした。すると普段聞いたことのない不思議な音が立った。牛の鳴き声のような音が実に景気よく、いつまでも鳴り響くのだ。
両親はその音を聞いて、あることを思い出した。香央の家の占いの話である。釜で湯を沸かして牛の鳴き声のように聞こえたら、それは吉兆である。磯良の持っていた釜で、おみつが正太郎のために湯を沸かしたら、吉兆が現われた。これはとりもなおさず、磯良が二人の仲を承認してくれたということではないか。だから、正太郎は磯良に遠慮することはない。磯良の分もおみつを大事にしてやればいいのだ。両親はそう力説した。正太郎もだんだんそんな気になってくる。景気のよい釜の音を聞いていると、気分が明るくなってきて、磯良に許してもらった気がした。それでとうとう正太郎はおみつを娶った。
「それが現在の奥だよ」
庄屋はその言葉のあと、しばらく黙った。私はここまで夢中で聞いていた。私は庄屋は元来真面目な人で、人生を順調に築いてきた人だとばかり思っていた。まさか、このような波乱万丈な人生を経験してきていたとは思い寄らないことだった。幸福で安泰に見える人でも、裏にはこのような苦難や悲哀があるものなのか。
両親はその音を聞いて、あることを思い出した。香央の家の占いの話である。釜で湯を沸かして牛の鳴き声のように聞こえたら、それは吉兆である。磯良の持っていた釜で、おみつが正太郎のために湯を沸かしたら、吉兆が現われた。これはとりもなおさず、磯良が二人の仲を承認してくれたということではないか。だから、正太郎は磯良に遠慮することはない。磯良の分もおみつを大事にしてやればいいのだ。両親はそう力説した。正太郎もだんだんそんな気になってくる。景気のよい釜の音を聞いていると、気分が明るくなってきて、磯良に許してもらった気がした。それでとうとう正太郎はおみつを娶った。
「それが現在の奥だよ」
庄屋はその言葉のあと、しばらく黙った。私はここまで夢中で聞いていた。私は庄屋は元来真面目な人で、人生を順調に築いてきた人だとばかり思っていた。まさか、このような波乱万丈な人生を経験してきていたとは思い寄らないことだった。幸福で安泰に見える人でも、裏にはこのような苦難や悲哀があるものなのか。