ロコモーション

BEETLE
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3

 「ボク、手伝うよ」剛は声をかけた。せめてもの罪滅ぼしをしたかったのだ。
 「無理だよ。お前はじっとしてればいい」
 積みこみが済むまで剛はうしろめたい気持ちだった。
 「さて、いくぞ」
 正幸はタオルで額や首筋や手足の汗をふきながら、大きな声で言った。それを聞きつけてロボが騒ぎだした。彼はロボをののしりながら角を曲がって、犬小屋の前に立った。剛もおそるおそるついていった。
 「ロボ。つれていってやりたいけどな、お前、ツヨシをいじめるだろ。だから、つれてかない」
 ロボは体を小さくして、クウン、クウンと悲しそうな声で泣いた。
 「泣いたってだめだ!」正幸は強くしかりつけてすぐに、ロボの体じゅうをやさしくなで回した。
 「今日はがまんしろ。ドラム入れて、ツヨシ乗せたら、お前入れないだろ」
 正幸はロボをふりむきもしないで再び角を曲がり、ビートルに戻った。剛は少し気の毒そうにロボを見て、気になりながらも、早くビートルに乗りたいと思って角を曲がった。
 ドラムセットですきまの少なくなったビートルの助手席に剛はどうにか乗りこんだ。ビートルのエンジンがかかった。ビートルが走りだした。剛は感激で胸がいっぱいだった。角を曲がった。ロボがおとなしく立ってこちらを見ていた。あきらめてくれたか、正幸も剛もほっとして、走り去ろうとしていた。
 すると、「ギャン、ギャン、ギャン」と、悲痛な声でロボはわめきだした。
 ビートルは、ボボボボーンと、ロボに負けないくらいうなった。
 「ギャア、ギャア、ギャアン!」
 ロボは海岸の町じゅうにおめいた。
 ビートルはブロロロとバックした。
 「まったく、手が焼ける犬ころだな。何でミチコの家にいくときはこいつわかるんかな? 変な犬だな。そんなにレイちゃんに会いたいか?」
 正幸はロボの鎖をはずし、剛と向かい合わせた。
 「テストだ。合格したらお前もつれていってやる。ツヨシが少しでも恐がったら不合格だ。じゃあ手を離すぞ」
 正幸は、最後の言葉は剛にも言い聞かせるように言った。
 剛は、恐いも恐かったが、それもはじめほどではなくなり、今はロボに同情心がでてきた。だから多少のことは恐がらないように覚悟を決めた。
 正幸が手を離すとロボは剛に近づいた。近づくとやっぱり大きな犬だ。ロボの鼻が目の前まできて、剛はもうだめだと思い、目をつぶった。彼のほほを温かく、ぬれた、大きなものが触った。ロボの舌だった。ロボの大きな舌が剛の顔をあちこちなめた。
 「大丈夫だよ」
 正幸の温かい声だった。剛が目を開けると、ロボの顔の横に正幸のサングラスをかけた顔が並んでいた。彼はロボを片手で抱いていた。
 「こいつ、ツヨシのこと、気に入ったみたいだぜ。手をだしてみな」
 剛は手のひらをだした。
 「おて、と言ってみな」
 「おて」
 ロボが右の前足を剛の手のひらに乗せた。こんな大きな犬が自分の言葉どおりに動くなんて、と剛は感動した。彼は急にロボに親しみを感じた。
 ビートルの中はますます狭くなった。路面の悪いところになると、車体が揺れて、剛とロボの顔がくっついた。
 「こいつな、レイちゃんが好きなんだぜ」
 「え!? レイちゃん?」
 「うちのバンドのボーカルの妹よ」
 「バンドのボーカル?」
 「歌手だよ歌手。オレが太鼓たたいて、ほかの奴らが楽器ならして、レイちゃんの姉ちゃんが歌うのよ」
 「……」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ロコモーション
◆ 執筆年 2003年7月27日