ロコモーション

4
「今から、その歌手のうちにいくんだけど、そこにレイちゃんがいるだろ。ロボはレイちゃんが大好きだから、うれしくって仕方ねえんだよ。ほら、ロボのしっぽ見てみな」
剛はうしろをふりむいた。ロボの大きな顔がじゃましたし、ドラムがつまっていたから見にくかったが、ロボの背中にあごを乗せると、ふさふさしたしっぽがゆらゆら揺れているのが見えた。ロボは剛のほほをなめた。剛は驚いて頭をスチールパイプに思いっきりぶつけた。
ビートルはすぐに1軒の家の前でとまった。小野美智子と令子の、年の離れた姉妹の住む家だった。1970年代、最新流行の家だった。
剛は、白いヨットみたいな家だと思った。サッシから部屋の中がよく見えた。白いテーブルに白いラジオが乗っていた。白いイスから小さな女の子が立ち上がり、首を少し斜めにして笑った。令子だった。5歳の剛より2歳年上だった。髪を背中まで伸ばして、まん中で分けて、つやつやした赤い髪どめを2つつけて、前髪をカールさせていた。目もとが大人びて、口もとがやさしそうだった。デニムのホットパンツに、肩口に細く赤い線が入った、ノースリーブの白いTシャツを着ていた。その姿から女の子の香りがそっと漂ってくる気がして、剛は息苦しい気持ちがした。彼は、この子はマリコちゃんとは全然違うと思った。マリコちゃんは女のコドモで、この子は、女の子だと彼は思った。
令子がサッシを開けて、テラスの縁までくると、ロボが飛びついた。
「ロボー」令子は目を細め、いい姿勢で立ったまま、両腕でロボを抱きしめ、優しい声でロボに質問した。「ロボ、久しぶりね。いい子にしてた? そう。今日はお姉さんとマサユキさんたち、ずっと演奏しているから、わたしとずっと遊べるよ」
ロボはもちろん言葉はわからなかったが、令子が伝えたい気持ちがわかるので、しっぽをぶるん、ぶるんと振って、彼女にしがみついて甘えた。
令子ぐらいの大きさのロボが体をすっかり預けて小犬のようにはしゃいでいるのを、面白い見物を見るような気分で剛は見ていた。ロボがここまで令子に心を許しているのが不思議だった。それから、ロボの全面的な信頼を得ている彼女を尊敬した。大きな犬を相手に遊んでやりながら、どことなく品のよさを発散し続けている彼女が神々しいものに、剛には感じられた。
剛がじっと令子とロボを見ていると、彼女も、この新しい小さな客に気づき、目を合わせて会釈した。その会釈がまた上品で魅力的だった。少なくとも彼はそう感じた。彼も会釈を返したが、それはぎこちないものだった。
部屋の中から美智子が顔をだし、いつの間にか家の中に入っていた正幸に質問した。
「あの子は?」
正幸はコーラの入った口の広い大きなグラスを片手で持って、何でもないように言った。
「近所の知り合いの家に泊まりにきてる子なんだ」
そして、彼は剛に声をかけた。
「ツヨシ。玄関から上がってこい。みんなに紹介してやるからな」
その声で剛は、令子にばかり自分が見とれていたことに対して照れくさくなった。彼は冷やかされるような気がして、顔を伏せて玄関に入っていった。正幸は少しも剛を冷やかさなかった。正幸は、すぐ家の中に入り、美智子と打ち合わせをしていたので、ふたりの幼い異性が微妙に心のやりとりをしていたことなど全然気づかなかった。それに、彼はとても男らしいので、気づいてもおそらくそういう冗談は言わなかっただろう。彼のバンド仲間の辰吉だったら剛をからかったかもしれないが。
玄関で美智子が剛を迎えた。
「こっちよ」
美智子は原色をさまざまに使った、ぴっちりしたTシャツと、破れて膝とかすねとかが見えている、わざとすれすれに着古したようなジーパンをはいていた。サイケとヒッピーの合の子ファッションだった。つけまつげをして、化粧をして、髪を茶色に染めていた。しかし、不思議とそれが少しもいやらしくなく、さわやかに見えた。
玄関のすぐ右の部屋の入口に、ビーズでつくられたのれんがかかっていた。美智子はそれを右手で押し上げて、とびきりの明るい顔で剛を招いたのだった。
白い部屋の中には白いピアノと白いギターがあった。ソファがふたつあって、その間に白いテーブルがあった。テラスに面したところにもっと大きな白いテーブルと白いイスが4つ。そのテーブルのそばに正幸はストローをさした、コーラのグラスを持って立っていた。
剛はうしろをふりむいた。ロボの大きな顔がじゃましたし、ドラムがつまっていたから見にくかったが、ロボの背中にあごを乗せると、ふさふさしたしっぽがゆらゆら揺れているのが見えた。ロボは剛のほほをなめた。剛は驚いて頭をスチールパイプに思いっきりぶつけた。
ビートルはすぐに1軒の家の前でとまった。小野美智子と令子の、年の離れた姉妹の住む家だった。1970年代、最新流行の家だった。
剛は、白いヨットみたいな家だと思った。サッシから部屋の中がよく見えた。白いテーブルに白いラジオが乗っていた。白いイスから小さな女の子が立ち上がり、首を少し斜めにして笑った。令子だった。5歳の剛より2歳年上だった。髪を背中まで伸ばして、まん中で分けて、つやつやした赤い髪どめを2つつけて、前髪をカールさせていた。目もとが大人びて、口もとがやさしそうだった。デニムのホットパンツに、肩口に細く赤い線が入った、ノースリーブの白いTシャツを着ていた。その姿から女の子の香りがそっと漂ってくる気がして、剛は息苦しい気持ちがした。彼は、この子はマリコちゃんとは全然違うと思った。マリコちゃんは女のコドモで、この子は、女の子だと彼は思った。
令子がサッシを開けて、テラスの縁までくると、ロボが飛びついた。
「ロボー」令子は目を細め、いい姿勢で立ったまま、両腕でロボを抱きしめ、優しい声でロボに質問した。「ロボ、久しぶりね。いい子にしてた? そう。今日はお姉さんとマサユキさんたち、ずっと演奏しているから、わたしとずっと遊べるよ」
ロボはもちろん言葉はわからなかったが、令子が伝えたい気持ちがわかるので、しっぽをぶるん、ぶるんと振って、彼女にしがみついて甘えた。
令子ぐらいの大きさのロボが体をすっかり預けて小犬のようにはしゃいでいるのを、面白い見物を見るような気分で剛は見ていた。ロボがここまで令子に心を許しているのが不思議だった。それから、ロボの全面的な信頼を得ている彼女を尊敬した。大きな犬を相手に遊んでやりながら、どことなく品のよさを発散し続けている彼女が神々しいものに、剛には感じられた。
剛がじっと令子とロボを見ていると、彼女も、この新しい小さな客に気づき、目を合わせて会釈した。その会釈がまた上品で魅力的だった。少なくとも彼はそう感じた。彼も会釈を返したが、それはぎこちないものだった。
部屋の中から美智子が顔をだし、いつの間にか家の中に入っていた正幸に質問した。
「あの子は?」
正幸はコーラの入った口の広い大きなグラスを片手で持って、何でもないように言った。
「近所の知り合いの家に泊まりにきてる子なんだ」
そして、彼は剛に声をかけた。
「ツヨシ。玄関から上がってこい。みんなに紹介してやるからな」
その声で剛は、令子にばかり自分が見とれていたことに対して照れくさくなった。彼は冷やかされるような気がして、顔を伏せて玄関に入っていった。正幸は少しも剛を冷やかさなかった。正幸は、すぐ家の中に入り、美智子と打ち合わせをしていたので、ふたりの幼い異性が微妙に心のやりとりをしていたことなど全然気づかなかった。それに、彼はとても男らしいので、気づいてもおそらくそういう冗談は言わなかっただろう。彼のバンド仲間の辰吉だったら剛をからかったかもしれないが。
玄関で美智子が剛を迎えた。
「こっちよ」
美智子は原色をさまざまに使った、ぴっちりしたTシャツと、破れて膝とかすねとかが見えている、わざとすれすれに着古したようなジーパンをはいていた。サイケとヒッピーの合の子ファッションだった。つけまつげをして、化粧をして、髪を茶色に染めていた。しかし、不思議とそれが少しもいやらしくなく、さわやかに見えた。
玄関のすぐ右の部屋の入口に、ビーズでつくられたのれんがかかっていた。美智子はそれを右手で押し上げて、とびきりの明るい顔で剛を招いたのだった。
白い部屋の中には白いピアノと白いギターがあった。ソファがふたつあって、その間に白いテーブルがあった。テラスに面したところにもっと大きな白いテーブルと白いイスが4つ。そのテーブルのそばに正幸はストローをさした、コーラのグラスを持って立っていた。